2011年11月9日水曜日

より「本質」へと向かう時代

今、人間ドックのためさるクリニックの部屋でこれを書いている。明日朝に、毎年の儀式のように胃カメラを呑み、「慢性胃炎」と診断される。そう、もう10年もそういう日々が続いている。

KYBERという国産初のクラウドノートをご存知だろうか?詳しくは検索して頂きたいが、僕にとっては、このノートというには、あまりにUIが悪いと思えることが、最大のメリットになっている。

FURANOにいたと書いた。そこにあるM電器に閉店間際に駆け込み、ICレコーダーを買った。もうiPhone3GS時代から使っているHT Recorderという編集も出来る優れもののアプリだったが、僕の要求水準に耐えられなくなったからだ。つまり、僕はいま独り言の塊であり、妻からも「くわばらさん」(つまり近づきたくない)と言われるほどNUTSだ。

ICレコーダーには別売りだがマイクロフォンが付けられる。そして、音声自動認識にしておくと、しゃべれば勝手に録音する。4Gを内部メモリーに実装しているらしいが、それでは足りない(つまり、消すつもりが無いから)とマイクロSDカードの最大容量である16Gを買って、付け足した。つまり合計20Gである。音声ファイルが標準的にどこくらい食うのかは正直知らない。だが、最低でも30分は独り言状態になる。つまり、神憑るのだ。

それは、妻でなくても「くわばらさん」だろう。

だが、僕はより「本質」的な手段も併用することにした。言葉は、つまり音声は自分自身の耳で聴くので、「言語化」され、つまりオーラルデータとなって脳に刷り込まれる。英文を声に出して読めとは、そういうことだ。2足歩行になった人は「手」を無限にスケーラブルにした。「手」と、つまり書くという行為、さらに自分の書く文字をヴィジュアル化しつつ、音に出して「言語」としても刻む。これは効かないはずがない。

どんなところでも、書ける。それがKYBERのサイズの秘密だと思うのだ。決してクラウドに上げたりしなくてもいいと思う。KYBERの凄さはぜひ検索して調べて欲しい。実に「本質」的に美しいノートでもある。

僕はいま、なにがより「本質」なのかを考え続けている。問い続けている。WHY? と。WHY? WHY? WHY? Simon Sinekも言っている。人はWHYに動かされる、と。

普遍性ではない。普遍性は時代や権力者によって変わる。つまりフェイクだ。例えば、ドラマや映画の本質は、決して「普遍性」に辿り着けたかどうかではない。「本質」という、言語に支配されていない、核心中の核心(以下、Kernel:カーネルと呼ぶ)に届いているか、いないかなのだ。カーネル。そこに本質はいる。そして、世界どころか、宇宙の中心で叫んでいる。「おーい、僕はここにいるぞ」と。

長くなりそうなので、スフィンクスではないが、問いを出したい。ただし、これは頓知でも、ましてや心理テストなんかではない。僕の、あなたの本質を見る事が出来る究極のクエスチョンだ。正解はない。ので、間違いもない。ので、罰ゲームもない。だた、あなたが曝け出される。本質的に。

問い。

あなたは今、温泉宿に来ている。豪華にも天然掛け流しだ。さて、脱衣場に入ってみると、9つのボックスが、なぜだか教会のような神々しさでたたずんでいた。9つのうち、鍵のかかる、つまりロッカーは4つだけ。あとは、身も蓋もなくオープンに脱いだ衣類をただ入れる脱衣カゴが置かれているスペースになっている。

さて、先ず最初の選択を迫られる。生まれた時の姿になるのだ。おっと、いけない、iPhoneまで持って来てしまった。いや、これは無視してもらっていい。あなたは、ロッカー派だろうか。それともオープンに脱いだものを脱衣カゴに突っ込む派だろうか。

脱衣カゴ派は離脱していただこう。あなたは「本質」には辿り着けない。つまり、この脱衣場という小さな宇宙の中では。という意味だが。

ロッカー派の皆さん。鍵のかかるロッカーは4つ。皆、同じ色であり、特に付加価値を感じる何ものもない。ただ、建て付け上の位置が違うだけだ。

と思ったその瞬間。決定的な違いを見つけてしまった。ロッカーの扉には、まったく主張していないのだが、つまり「歌って」いないのだが、ある個別のアルファベット一文字が木工用ボンドか何かで貼付けられていた。次のレターである(関係はないが大文字だ)。

一番上の列の真ん中。"G".

二番目の列の下手。"B".

同じく上手。"R".

三番目の列(つまり一番下)の真ん中。"Y".

実際には、あなたのいる場所は、あの富良野、FURANOなのだが、全く関係はない。今のところは。一体、この英語のキャピタルレター(大文字)一つ、一つには何の意味があるのだろうか。そもそも、何の象徴なのだ。少なくとも、並び替えると何か意味のある単語になる訳ではない。

ちなみに、僕は「直感」で理解した。全ての文脈が一瞬で流れ込んで来た。

感動していたら、先客のニュージーランド人(こんな閑散期にNZから来るとはFURANOは凄い!)が湯船から上がってきた。"Hi!"と挨拶して(勿論、英語で。正確には僕の話すのは米語であるが、ちゃんと通じた)、一体この英語の文字は何の象徴だと思うか、と訊いてみた。

驚いた。

僕が「直感」で理解した同じ言葉を彼は、「そうなんじゃないの?」といかにも当たり前だと言わんばかりに、やおらドライヤーを使い始めた。

つまり、それぞれの英大文字、一つに対して正確にそれぞれ2つの「言葉」が紐付いていた。これは宇宙のように無限大であり、数学のように美しかった。

僕が「直感的」に理解し、それゆえに自分自身でもある衣服と虎の子のiPhone4S(au版)を預けて良しとジャッジしたのは、"B" だ。

僕が今信じている「神」と同じ顔をしていたからだ。

つまり、本質的に僕は"B"を選んだ。"B"以外の選択肢はなかった。確かに、一瞬迷ったが。でも、確信犯で"B"を選んだ。

僕は、まだ全裸でドライヤーを使っているNZ男のいる前で、ケラケラと笑い始めていた。

続きは、人間ドックの後に記そうと思う。

良い夢を。Team, の皆さん。




2011年11月7日月曜日

ReBorn

Team,

とは、SJがメールで社内に発信するときに使っていた冒頭のワードだ。従業員の皆様へ、ではなく。チームへ、と共通のプラットフォームに対して正しくエンゲージし、対話を起こした。

今、2011年11月7日(月)、09:30へ対して5分前。

ですが、ことの発端はあとで記すことにするとして、この波長のconnectedが起こったのは、まぎれもなく、前日の2011年11月6日(日)、つまり日曜日であることは実に象徴的であり、かつ本質だと思う。

つまり創造主が最初に休んだのが日曜日だから。

つまり、そういうことだ。

今朝、ブログの本質に気付き、僕は脳のより本質部分、Kernelが起こすこの世界を「直感的」に理解する速さを、言語化する後で発達した新しい脳が追い越せないでいる。

つまり、僕は当惑している。

だが、理解した。直感的に。

これは「使命」であり、「啓示」だと。

ボノのように、人類を前進させる(push the human race forward),つまりSJが「Think Different」(これもグラマー的にはThink Differentlyなのだが)を掲げたcrazy onesへ参加するよう、何かが示唆しているようにしか思えない。

なので、僕は無償の愛を示したい。エロスではなく、アガペーを。

TOYOTA様ではないが、ReBornした。

53歳に。あと1ヶ月ちょっとで54歳になる僕に訪れたイノベーション。

これはブログというインターフェースで世界へ(本当は英語で書ければいいのだろうが)、公開し、シェアし、社会へ対してエンゲージメントするべきだと確信した。

ので、これからも、どうぞ、どうぞ、宜しくお願い致します。

さとなお氏は新著「明日のコミュニケーション」で、座右の銘として「白鳥盧花に入る」と書いた。電撃的だった。つながったと思った。

その、後の日々をきょうから出来るだけ記録したい。

ありがとうございます。読んで頂いて。

嬉しいです。人として。人間として。家族として。

そして、Team, として。

僕を救った聖地となったFURANOにて。

2011年9月1日木曜日

葉月去る

月曜から東京に来ています。東京の方に聞くと「涼しくなりましたよ」とおっしゃるのですが、このジトジト感はどうにもこうにも。でも、被災地の方々のご苦労を思い、ぐっとこらえてあちこち歩き回っています。

人呼んで、特命係長。でも、こっちは本当のただのひとですから。

そんな中、銀座あたりで一人で食事する時間がとても好きだったりします。
こういう感覚って、50歳を超えたからでしょうか。

最近、おなじみにしているのが、「ぎんざ一二岐」さん。
ご主人と奥様の人柄がにじむ接客。伸びしろのまだまだある味わい。
そして、京都で修行されたからでしょうか、出汁をきっちりとった、仕事ぶりと薄めの味付け、塩加減の見極め。すべてが関西人のソウルに響くのです。


2011年8月29日月曜日

東京へ

先週も一杯、東京にいました。常宿は浜松町なのですが、部屋も広く、朝食バイキングもなかなかのもので、決して東京出張は苦ではありません。

ですが、土日挟んで、またきょうから週末迄東京となると、ちょっとね。

週末は本も読めないぐらいぐったりしていて、日曜の夕方になって、ようやく庭の手入れをして、芝刈りをし、たっぷり撒水してあげました。

震災から5ヶ月。東京も影響をあまり感じなくなりましたね。
「節電」やればできるんですから。こういう暮らしに慣れて行く。

「モノ」から「コト」へ。「何を持っているか」ではなく、「どう生きるか」の時代です。

メディア都市、東京へ。再び。

体調管理に気をつけよっと!☆

男3人で「去り行く夏を惜しんで」の会

26日に男3人で、「去り行く夏を惜しんで」というテーマでワイン部を開催。

テーマは予めお店のソムリエに頼んでおくのですが、何がセレクトされて出てくるのかも楽しみの一つ。



1本目はシチリアシャルドネから。パッソビシャーロ グアルティオーラ 2010。バカウマし。飲んだ後の余韻が素晴らしい!シャルドネ万歳!
Cantinetta Salus 飛野さんお薦め)


2本目もシャルドネですが、今度はイタリア北部から、その名前も「ローマへの道」!ヴィエ・ディ・ロマンス シャルドネ2009。端正なエチケットと同じく、味わいも素晴らしい!南部のシチリアとは少しクールな感じが素敵!(Cantinetta Salus 金曜恒例のGrand vinoから)

3人でインターネットは本当に人間を幸せにするのか?について熱い論議を戦わせました。
今度は9月。「初秋を愛でる」がテーマです。今度は赤ワインかな?

いつもお世話になっているCantinetta Salusの福島さん、飛野さん、纐纈シェフ、本当にありがとうございます!


2011年8月13日土曜日

最後の一本

ワイン部活動報告です。北海道でわずか12本しか入荷しなかった、​ガヤの新作白ワイン。Camarcanda Vistamare。”オーシャンビュー”というような意味だそ​うです。多分、北海道最後の一本を独り占めです☆なんたる幸せ。​文句無く旨い!説明不要!ガヤってこういうことなんだ的な感慨。​2009年ヴィンテージですが、2010年ものは早くても来年7​月以降とか。思わず手を合わせて頭を垂れましたです☆(Cant​inetta Salus 福島さん&飛野さんお薦め)。



2011年8月11日木曜日

御霊を迎える季節

きょうは大震災からちょうど5ヶ月。特例国債法案がきょう衆院を通過したとニュース速報で知りました。復興への道のりはまだ遥かですが、被災地や被災した人々への思いを寄せ続けなければならないと思います。人は記憶することで生き、また忘れることで生きています。忘れないようにしなければと強く思うのです。

折しもお盆の季節。外国での例を知らないのですが、日本人の生活で一番折り目がついているのが、「お盆」と「正月」ではないでしょうか。お盆は御霊を迎え、送る季節。正月は新しい一年の始まりを迎える季節。

我が家の菩提寺は高野山にあります。本家(って言うのかな)は徳島だそうですが、亡くなった祖母が分霊して、高野山奥の院近くの墓所に生前墓を建て、今眠っています。両親も高齢でお墓参りには行けず、長男である僕が蝉時雨の中、毎年墓参りをし、祖母や祖先の御霊に手を合わせ、墓掃除をします。

もう僕の人生の一部です。

何かに頭を下げ、敬い、手を合わせて、幸いあれと祈る。
今年もそんな季節が巡ってきました。

新幹線で実家のある大阪へ向かっています。
少しの時間でもいいから、父と母に会ってこようと思います。