Team,
無事、豪州(シドニー、ハミルトン島)から札幌に戻って来た。ハミルトン島での2日間のことは、とてもプライベートなことなのでここでは書かない。でも、シドニーでの計4日間の経験は、これまでにないものだった。
ニューヨークは世界最高の街だと思うけれど、みんな成功を望み、カッティングエッジであることを尊び、どこかピリピリしている。アメリカの中のアメリカ。NYはアメリカじゃない、とまで言う人もいる。パリはどうだろう。フランス語のざわめきはとても素敵だし、歴史もあり、芸術もあり、多様なものが混在している。絵画を愛する人には何日滞在しても見飽きないだろう。食べ物もワインもとびっきり美味い。アパルトマンを借りてロングステイするのも悪くない。ロンドンは?さすがは大英帝国。博物館は一見の価値あり。まぁ、かつて簒奪の限りを尽くしたことの証でもあるのだが。天気はいただけないし、そもそも食事が良くない。マンチェスターユナイテッドの香川真司は毎日何を食べているのかと思うほどだ。今、一番刺激的な街と言われるベルリン。一度、東西統合前後に取材に行ったっきりなのだが、もう一度行ってみたいと思う。でも、毎日アイスバインを食べるのはもうこりごりだ。
多分、3月という真夏が終わって、秋に向かう良い時期だったのだろう。ホテルの値段を見てもそれはあきらかだった。ちなみに、シドニーの後半2泊を過ごしたインターコンティネンタルだけれど、4月に入ってからの同クラスの部屋の料金は2日合計の差で見ると300豪ドルも安くなっていて驚いた。しかも、朝食付きである(別にオーダーすると45豪ドルもする!)。美術館と博物館を巡り、州立劇場で芝居を観た。あのオペラハウスでオペラを聴き、そうそう観られはしないシルヴィ・ギエムの最新作を観てスタンディングオベーションした。天才はやはりいるのだと思った。物価高ではあったが、何を食べても美味しかった。
なによりも人々の多様性があり、穏やかに融け合っていると感じた。ちがっていることが、とてもいい。そう思える街はそうはない。2015年に芸術文化都市宣言を考えている札幌市が見習うべきものは数多くあるような気がした。札幌市民として、とてもじゃないけれども、声高に「芸術文化都市」ですと宣言すること自体が、正直馬鹿げているし、恥ずかしい。どういう物差しを当てて、僕たちはアートで、カルチャーだというつもりだろうか。Kitaraがあり、PMFがあり、シティジャズがある。活況とはまだ言えないが小劇場も元気だ。ラーメン、ビール、ジンギスカンにスープカレー。野菜にシーフード。素材に恵まれている、いや恵まれすぎていると実際に思う。日本の中では圧倒的ですらある。でも、少しシドニー帰りから見ると、やっぱり足りない。ホスピタリティはどうか。ビジネスではなく、いろいろな価値観を持った人たちをおもてなしできる文化が僕たちの中にあるだろうか。JR新千歳駅から札幌駅へ向かうエアポートライナーの中で、とまどっている特にアジアからの人たちに気軽に声をかけて、助けてあげられるだろうか。僕たちは。
たった5日間だったけれども、英語を話す環境にいると30数年前に思いっきり刷り込まれた何かが少しだけれど、確実に目覚める。「翻訳」とという脳の回路が一瞬だけけれども、なくなるのを感じるのだ。
あー、もっと英語が話せるようになりたい。
いつも海外から帰国するとそう思うのだけれど怠惰に流される。言葉はツールだ、大切なのは何を話しているかなのだから、と勝手に自分に言い続けている。今回は、その習慣を破れるような気がしている。
2013年3月17日日曜日
2013年3月14日木曜日
テイスティングという文化
Team,
シドニーの休暇もきょうあと一日。明日のホテルから空港へのピックアップをリコンファームしたり、少しだけお土産探しをしたり。とてもいい感じだったThe Rocksの気になっていたお店をのぞいてみることにした。その一つがWine Odyssey Australiaだ。このお店は、ワインダイニングと60種類以上のオーストラリアワインのテイスティング。そして、その隣に小粋なワインショプが軒を並べている。
オーストラリアは言うまでもなく、ワインの一大輸出国だけれども、日本人には今ひとつ馴染みがないだろう。うろ覚えの記憶ではあるが、日本で消費される60%くらいのワインはフランスワインだ。みんなボルドーやブルゴーニュをありがたがる。札幌にも一見さんお断りのブルゴーニュワインだけを扱っているバーがあるくらい。あのイタリアワインでさえ、ある意味で苦戦を強いられているのだから、いわんや豪州ワインをやである。
ワインの蘊蓄を語りたいのではなく、生活の中に根づいているテイスティングというワインに対するカルチャーがとても素敵だと思ったからだ。ワインを目利きしたり、日本酒では利き酒をしたりというのがあるが、基本的にはプロフェッショナルなものだし、どうみても趣味の範囲は出てはいないように思える。日本では、「昼間からアルコールなんて!」というそもそも論がまだ根強い。ようやくビールには少しは寛容になってきたかも分からないが、日本酒にはせっかくの伝統酒であるにも拘らず、どうもネガティブなイメージがつきまとっている。
テイスティングとはこんな感じだ。カウンターで顔のついたID(豪州では飲酒は18歳から)か、観光客であればクレジットカードを受付に出す。そこでICチップのついたカードが臨時に発行される。あとはワイングラス(何種類もある)をとって、好きなワインの前に行って、「テイスティング」または、「グラス」。そして気に入れば「ボトル」と3つのボタンを押せば、あら不思議、ワインボトルからワインがチューブで吸い上がってきて、グラスを満たしていく。もちろんワインの種類にもよるけれども、グラスで5ドルであれば、テイスティングなら2ドル30セントとか、とてもリーズナブル。隣のワインショップでも、このワインはテイスティングできますよ、というポップが貼ってある。
テイスティングも立派な文化だと思った。もっと北海道のお酒を応援したい。小ポーションでもいいから、まずは触れてもらおうというのがテイスティングなのかも知れない。特に、ワインでは飲む人の官能に大きく委ねられているわけだし、それなら日本酒でも出来ない訳ではないだろう。一つの酒蔵だって、いくつもの醸造方法で、いくつもの種類のお酒を作っているわけだから。僕はいくつものセミヨンやピノグリージョ、シャルドネ、ピノノワール、メルロー、カベルネ、シラーズをテイスティングして、気持ちよく酔った。
とてもキュートなワインショップのスタッフに、私の大好きなワイン、と言われてStuart Olsenが作るEloquestraという小さなワナリーのShiraz/Petit Verdo (Vintage2010)を買い求めた。この地でいうところのブティックワインだそうだ。
シドニーでずっと感じている、ダイバーシティ(多様性)を思った。田舎に行くと、昔の白豪主義を感じるアジア人も多いと思うけれど、世界は多様性こそを包容すべき時代に来ている。モノポリーな文化、文明ほど恐ろしいものはない。それは、現代史でいえばナチズムであり、文化大革命だったであろう。戦前の日本も国家色の強さで言えば、今の中国と大差はないように思える。モノポリーは文化を寡占化するといういみでシェアだったが、今は共有、共感という真の意味でシェアの時代だ。
札幌市立大学の武邑学長の言葉を借りれば「社交化する物語」のまっただ中に私たちはいるのだから。
シドニーの休暇もきょうあと一日。明日のホテルから空港へのピックアップをリコンファームしたり、少しだけお土産探しをしたり。とてもいい感じだったThe Rocksの気になっていたお店をのぞいてみることにした。その一つがWine Odyssey Australiaだ。このお店は、ワインダイニングと60種類以上のオーストラリアワインのテイスティング。そして、その隣に小粋なワインショプが軒を並べている。
オーストラリアは言うまでもなく、ワインの一大輸出国だけれども、日本人には今ひとつ馴染みがないだろう。うろ覚えの記憶ではあるが、日本で消費される60%くらいのワインはフランスワインだ。みんなボルドーやブルゴーニュをありがたがる。札幌にも一見さんお断りのブルゴーニュワインだけを扱っているバーがあるくらい。あのイタリアワインでさえ、ある意味で苦戦を強いられているのだから、いわんや豪州ワインをやである。
ワインの蘊蓄を語りたいのではなく、生活の中に根づいているテイスティングというワインに対するカルチャーがとても素敵だと思ったからだ。ワインを目利きしたり、日本酒では利き酒をしたりというのがあるが、基本的にはプロフェッショナルなものだし、どうみても趣味の範囲は出てはいないように思える。日本では、「昼間からアルコールなんて!」というそもそも論がまだ根強い。ようやくビールには少しは寛容になってきたかも分からないが、日本酒にはせっかくの伝統酒であるにも拘らず、どうもネガティブなイメージがつきまとっている。
テイスティングとはこんな感じだ。カウンターで顔のついたID(豪州では飲酒は18歳から)か、観光客であればクレジットカードを受付に出す。そこでICチップのついたカードが臨時に発行される。あとはワイングラス(何種類もある)をとって、好きなワインの前に行って、「テイスティング」または、「グラス」。そして気に入れば「ボトル」と3つのボタンを押せば、あら不思議、ワインボトルからワインがチューブで吸い上がってきて、グラスを満たしていく。もちろんワインの種類にもよるけれども、グラスで5ドルであれば、テイスティングなら2ドル30セントとか、とてもリーズナブル。隣のワインショップでも、このワインはテイスティングできますよ、というポップが貼ってある。
テイスティングも立派な文化だと思った。もっと北海道のお酒を応援したい。小ポーションでもいいから、まずは触れてもらおうというのがテイスティングなのかも知れない。特に、ワインでは飲む人の官能に大きく委ねられているわけだし、それなら日本酒でも出来ない訳ではないだろう。一つの酒蔵だって、いくつもの醸造方法で、いくつもの種類のお酒を作っているわけだから。僕はいくつものセミヨンやピノグリージョ、シャルドネ、ピノノワール、メルロー、カベルネ、シラーズをテイスティングして、気持ちよく酔った。
とてもキュートなワインショップのスタッフに、私の大好きなワイン、と言われてStuart Olsenが作るEloquestraという小さなワナリーのShiraz/Petit Verdo (Vintage2010)を買い求めた。この地でいうところのブティックワインだそうだ。
シドニーでずっと感じている、ダイバーシティ(多様性)を思った。田舎に行くと、昔の白豪主義を感じるアジア人も多いと思うけれど、世界は多様性こそを包容すべき時代に来ている。モノポリーな文化、文明ほど恐ろしいものはない。それは、現代史でいえばナチズムであり、文化大革命だったであろう。戦前の日本も国家色の強さで言えば、今の中国と大差はないように思える。モノポリーは文化を寡占化するといういみでシェアだったが、今は共有、共感という真の意味でシェアの時代だ。
札幌市立大学の武邑学長の言葉を借りれば「社交化する物語」のまっただ中に私たちはいるのだから。
誰が葡萄の種を蒔いたのか
Team,
シドニーから車で走る事およそ2時間半。世界的にも有名なHunter Valleyというワイナリーが広がっている。シドニーはとっても大都会だけれど、車で少し離れればまったく違う光景が広がることは北海道に似ているかもしれない。
3月、この季節は南半球では夏である。先月はメルボルンで40℃という信じられない気温もあったそうだが、ここシドニーでも例えば昨日は29℃まで上がった。南半球に降り注ぐ陽光はUV値が高いそうだ。みんな皮膚がんを心配しているのも無理はない。
ハンターヴァレーへ向かうコーチ、さながら多国籍チームだった。フランス人、アメリカ人、カナダ人、シンガポール人、韓国人、地元シドニーのご夫婦もいた。そしてたったひとりの日本人である僕。生で聴いてみると、クイーンズイングリッシュの豪州(しかもシドニーのそれは洗練されているだろうが)と、カナダ英語、そして米語で同じEnglishなのに全然、アクセントとか違っているし、僕にもどこどこ訛りの言葉に聴こえてくるから不思議だ。とすれば、僕も英語など、相当あやしいものに違いない。でも、言葉はスキルじゃない、伝えようとすることだ。だいたいのことは分かるけれども、テーブルに座って、みんなでおしゃべりしだすと「会話」に割り込めない。聞かれれば、答えられるという程度。それにしても、ユーモアやジョークが飛び出して、本当に文化の違いを感じる。
このツアーは本来であれば、日本人の専用ガイドがついた日本人だけの集団になるのだろうけれど、言葉が通じるとか通じないとかは別にして、やはり多国籍の方が心地良い。ちがっているから、みんないいのだ。金子みすゞは、きっとこのことを言いたかったのだと昨日、急に腑に落ちた。
ワイナリーと一口に言っても、海外に輸出している僕でも知っている有名なワインメーカーもあれば、1800年代から家族経営を続けているところもある。最初に行ったのは、豪州からのワイン輸出量ではナンバーワンのLindemanというワインメーカーだった。
ここでシャンパンも含めた5種類のワインをテイスティングさせて頂いた。スタッフの説明はとても丁寧で、親切だったのは、きっと多国籍軍だったからだと僕は密かに思ってしまった。さて、味わいの方だが、普段イタリアワインを愛するものとしては、今ひとつピンと来るものがなかった。大きいメーカーが必ずしもいいというのは日本でも同じ。
二つ目に伺ったのは、ガイドブックでも出ている国際ワインコンテストで何度も優勝したことのあるマッッギャン。当主の妻だというカイリーという僕ぐらいの年のよくしゃべる方が案内役だった。「カイリー・ミノーグ、のカイリーよ。でもあっちのカイリーは私より年上だけれどね」とユーモアのセンスも抜群。なんと8種類もテイスティングさせて頂いたのだが、一番お薦めで、僕も楽しみにしていたのは2010 Personal Reserved Shiraz。フランスのコート・ド・ローヌのSyrah種が、オーストラリア固有の気候にあったらしくオーストラリアワインを代表する赤となったのが、このShirazだのだそうだ。たしかに、甘さ、酸味、タンニンともいずれもパワフルでスパイシーなじゃじゃ馬タイプ。香りも素晴しい。だけれども、僕的にはCellar Select Noon Harvest Merlotが一番美味しかった。ヴィンテージは2011年。葡萄酒もメルローと違うけれども、糖度がとても心地よい。食中であれば、こちらだろう。そうだ、Shirazはきっとチーズにぴったりなのではないだろうか?とても、とても個性的で大人の品格を感じさせてくれた。
知り合いのソムリエールはいつもこういっている。「フランスワインには歴史があり、イタリアワインには物語がある」。至極名言だと思う。少し前まで都市国家の集まりだったイタリアの地域性や個性、さらには歴史に根ざした奥深さを僕はのみたい。しかもローマ帝国だったイタリアのワインに勝つのは中々に難しい。原住民族のアボリジニを別とすれば、少数のイギリス軍兵が数百人の囚人を連れて上陸したところから歴史が始まっている国なのだから、歴史や物語を求めても良くないのかも知れない。
でも、誰かが葡萄の種を撒いたのだった。少し前まではカリフォルニアワインなんてと言われていたのが、オーパスワンを生み出し、クラレットは世界中で愛されている。チリワインなんかもそうだ。家族の誇りをもって経営しているマッギャン家のような人たちが、きっと世界を驚かす日がやってくるのだろう。ニュージーランドのワインも最近めきめきと力をつけたそうだ。
みんなちがって、それでいい。
そんなワインのような社会を僕たちは目指さなければならないのかも知れない。
シドニーから車で走る事およそ2時間半。世界的にも有名なHunter Valleyというワイナリーが広がっている。シドニーはとっても大都会だけれど、車で少し離れればまったく違う光景が広がることは北海道に似ているかもしれない。
3月、この季節は南半球では夏である。先月はメルボルンで40℃という信じられない気温もあったそうだが、ここシドニーでも例えば昨日は29℃まで上がった。南半球に降り注ぐ陽光はUV値が高いそうだ。みんな皮膚がんを心配しているのも無理はない。
ハンターヴァレーへ向かうコーチ、さながら多国籍チームだった。フランス人、アメリカ人、カナダ人、シンガポール人、韓国人、地元シドニーのご夫婦もいた。そしてたったひとりの日本人である僕。生で聴いてみると、クイーンズイングリッシュの豪州(しかもシドニーのそれは洗練されているだろうが)と、カナダ英語、そして米語で同じEnglishなのに全然、アクセントとか違っているし、僕にもどこどこ訛りの言葉に聴こえてくるから不思議だ。とすれば、僕も英語など、相当あやしいものに違いない。でも、言葉はスキルじゃない、伝えようとすることだ。だいたいのことは分かるけれども、テーブルに座って、みんなでおしゃべりしだすと「会話」に割り込めない。聞かれれば、答えられるという程度。それにしても、ユーモアやジョークが飛び出して、本当に文化の違いを感じる。
このツアーは本来であれば、日本人の専用ガイドがついた日本人だけの集団になるのだろうけれど、言葉が通じるとか通じないとかは別にして、やはり多国籍の方が心地良い。ちがっているから、みんないいのだ。金子みすゞは、きっとこのことを言いたかったのだと昨日、急に腑に落ちた。
ワイナリーと一口に言っても、海外に輸出している僕でも知っている有名なワインメーカーもあれば、1800年代から家族経営を続けているところもある。最初に行ったのは、豪州からのワイン輸出量ではナンバーワンのLindemanというワインメーカーだった。
ここでシャンパンも含めた5種類のワインをテイスティングさせて頂いた。スタッフの説明はとても丁寧で、親切だったのは、きっと多国籍軍だったからだと僕は密かに思ってしまった。さて、味わいの方だが、普段イタリアワインを愛するものとしては、今ひとつピンと来るものがなかった。大きいメーカーが必ずしもいいというのは日本でも同じ。
二つ目に伺ったのは、ガイドブックでも出ている国際ワインコンテストで何度も優勝したことのあるマッッギャン。当主の妻だというカイリーという僕ぐらいの年のよくしゃべる方が案内役だった。「カイリー・ミノーグ、のカイリーよ。でもあっちのカイリーは私より年上だけれどね」とユーモアのセンスも抜群。なんと8種類もテイスティングさせて頂いたのだが、一番お薦めで、僕も楽しみにしていたのは2010 Personal Reserved Shiraz。フランスのコート・ド・ローヌのSyrah種が、オーストラリア固有の気候にあったらしくオーストラリアワインを代表する赤となったのが、このShirazだのだそうだ。たしかに、甘さ、酸味、タンニンともいずれもパワフルでスパイシーなじゃじゃ馬タイプ。香りも素晴しい。だけれども、僕的にはCellar Select Noon Harvest Merlotが一番美味しかった。ヴィンテージは2011年。葡萄酒もメルローと違うけれども、糖度がとても心地よい。食中であれば、こちらだろう。そうだ、Shirazはきっとチーズにぴったりなのではないだろうか?とても、とても個性的で大人の品格を感じさせてくれた。
知り合いのソムリエールはいつもこういっている。「フランスワインには歴史があり、イタリアワインには物語がある」。至極名言だと思う。少し前まで都市国家の集まりだったイタリアの地域性や個性、さらには歴史に根ざした奥深さを僕はのみたい。しかもローマ帝国だったイタリアのワインに勝つのは中々に難しい。原住民族のアボリジニを別とすれば、少数のイギリス軍兵が数百人の囚人を連れて上陸したところから歴史が始まっている国なのだから、歴史や物語を求めても良くないのかも知れない。
でも、誰かが葡萄の種を撒いたのだった。少し前まではカリフォルニアワインなんてと言われていたのが、オーパスワンを生み出し、クラレットは世界中で愛されている。チリワインなんかもそうだ。家族の誇りをもって経営しているマッギャン家のような人たちが、きっと世界を驚かす日がやってくるのだろう。ニュージーランドのワインも最近めきめきと力をつけたそうだ。
みんなちがって、それでいい。
そんなワインのような社会を僕たちは目指さなければならないのかも知れない。
2013年3月11日月曜日
Breathless !
Team,
今、シドニーの滞在先のホテルロビーで書いている。昨日の朝にシドニー・キングスフォード・スミス国際空港へ到着した。首都空港ではないので、あっけなく小さい。でも、以前に食べ物はスナックと言えどもまったく持ち込めなかった(機内で出るおかき等のスナック類もだめ。カロリーメイトも没収された)経験があるので、一切フード&ドリンクは入国の際には持っていなかった。
シドニーは空港からシティレールと呼ばれる便利な交通機関があるが、僕は実は用心深いので、駅から離れたところにあるホテルの場合は、シャトルバスなどを使って空港からホテルまで送ってもらっている。これは、メトロで怖い経験をしたことがあるからだ。いくら治安がいいと言われても、日本の感覚で考えてはいけないだろう。
アーリーチェックインをリクエストしていた、ダーリングハーバー近くのFour Points by Sheraton Darling Harvour は、実に丁寧ですでに部屋が用意されていた上に、ハーバービューにアップグレードしてくれた。これで朝食がインクルードならば言う事ないんだけれど。
一休みして、ダーリングハーバーからフェリーで、サーキュラーキーまで行った。天気がとっても良く、空が高く青い。フェリーから眺める景色は決して日本にはないもので、シドニーのシンボルである巨大なハーバーブリッジや、世界遺産にも登録されているシドニーオペラハウスの眺めといったら、それは本当にブレスレスな美しさだった。人工物がこれほどまでに、と思うほどに。
それは、約30分ほどのガイドツアーで明らかになる。写真撮影はNGだったが、コンサートホールの中にも案内してもらった。4,000人を呑み込むというから、満席で2008席の札幌コンサートホールKitaraよりいかに大きいか想像して頂けるだろう。ホールの高さも半端ではない。残響2.0秒。これはオペラハウスには合わないだろうと尋ねてみると、やはりシドニー交響楽団のために作られたホールとのことだった。Kitaraと同じく、大きなパイプオルガンがある。完成まで10年、調律で2年かかったそうだ。肝心のオペラハウスは、ガウディのサグラダファミリア教会のように、まだ未完成だとは知らなかった。当初予算700万ドルが、4,000万ドルになってしまったそうだが、まだ建設しているとは知らなかった。とんでもないプロジェクトだ。なので、このオペラハウスのあらゆる演目のチケットを買う時に、最初だけだが寄付が必要なのだそうだ。僕もささやかながら年間10豪ドルというドネーション会員になった。
近くのバーでパニーニに地元のシャルドネを合わせて楽しんだ。その後、午後5時からヨハン・サザーランド・シアターで行われた「The Great Opera Hits」という、まぁオペラのいいとこ取りのプログラムを堪能した。本当に素晴しくて、お決まりのアンコールの選曲もセンスがあり、観客はスタンディングオベーションでファンタスティックな歌手たちに惜しみない拍手を送っていた。オペラハウスを出ると午後7時だったけれど、まだまだ明るい。
これならまだ町歩きは出来るかもと、フェリーでダーリングハーバーに戻ってきたら、もう日没間際だった。ホテルのすぐ前にある、いわゆるコンビニは実に怪しく、いつ強盗に襲われてもおかしくないような毳々しいネオンライトを光らせている。もうこれは、高くてもいいから、ホテルのバーで喉を冷やすしかない。
24時迄空いている11階にある灯りがともったハーバーを望むバーで、僕は地ビールを頼んだ。バーテンダーはとっても喜んでくれたようで、どのくらい飲むのか、と聞いて来る。こういうところはまさに英国仕込み、いやこの国は英連邦だった。ガイドブックで覚えたばかりの英語で、僕はこう答えた。
Schooner, please.
日本で言えば中ジョッキと大ジョッキの間くらいだろうか。ホップの苦みがほどよく効いた、日本では飲んだことのない味わいが、ほどよく疲れた体に染み渡った。
シドニーはいい街だ。初日はてんこ盛りだったが無事終了。心配したワイフが2度携帯をかけてきたが、心配無用。英語圏には自信あり、なんてね。
もう1978年から80年になるがアメリカで、多分一生で一番勉強した。
たとえ昔取った杵柄でったとしても、僕のわずかばかりの青春の勲章なのだ。
今、シドニーの滞在先のホテルロビーで書いている。昨日の朝にシドニー・キングスフォード・スミス国際空港へ到着した。首都空港ではないので、あっけなく小さい。でも、以前に食べ物はスナックと言えどもまったく持ち込めなかった(機内で出るおかき等のスナック類もだめ。カロリーメイトも没収された)経験があるので、一切フード&ドリンクは入国の際には持っていなかった。
シドニーは空港からシティレールと呼ばれる便利な交通機関があるが、僕は実は用心深いので、駅から離れたところにあるホテルの場合は、シャトルバスなどを使って空港からホテルまで送ってもらっている。これは、メトロで怖い経験をしたことがあるからだ。いくら治安がいいと言われても、日本の感覚で考えてはいけないだろう。
アーリーチェックインをリクエストしていた、ダーリングハーバー近くのFour Points by Sheraton Darling Harvour は、実に丁寧ですでに部屋が用意されていた上に、ハーバービューにアップグレードしてくれた。これで朝食がインクルードならば言う事ないんだけれど。
一休みして、ダーリングハーバーからフェリーで、サーキュラーキーまで行った。天気がとっても良く、空が高く青い。フェリーから眺める景色は決して日本にはないもので、シドニーのシンボルである巨大なハーバーブリッジや、世界遺産にも登録されているシドニーオペラハウスの眺めといったら、それは本当にブレスレスな美しさだった。人工物がこれほどまでに、と思うほどに。
それは、約30分ほどのガイドツアーで明らかになる。写真撮影はNGだったが、コンサートホールの中にも案内してもらった。4,000人を呑み込むというから、満席で2008席の札幌コンサートホールKitaraよりいかに大きいか想像して頂けるだろう。ホールの高さも半端ではない。残響2.0秒。これはオペラハウスには合わないだろうと尋ねてみると、やはりシドニー交響楽団のために作られたホールとのことだった。Kitaraと同じく、大きなパイプオルガンがある。完成まで10年、調律で2年かかったそうだ。肝心のオペラハウスは、ガウディのサグラダファミリア教会のように、まだ未完成だとは知らなかった。当初予算700万ドルが、4,000万ドルになってしまったそうだが、まだ建設しているとは知らなかった。とんでもないプロジェクトだ。なので、このオペラハウスのあらゆる演目のチケットを買う時に、最初だけだが寄付が必要なのだそうだ。僕もささやかながら年間10豪ドルというドネーション会員になった。
近くのバーでパニーニに地元のシャルドネを合わせて楽しんだ。その後、午後5時からヨハン・サザーランド・シアターで行われた「The Great Opera Hits」という、まぁオペラのいいとこ取りのプログラムを堪能した。本当に素晴しくて、お決まりのアンコールの選曲もセンスがあり、観客はスタンディングオベーションでファンタスティックな歌手たちに惜しみない拍手を送っていた。オペラハウスを出ると午後7時だったけれど、まだまだ明るい。
これならまだ町歩きは出来るかもと、フェリーでダーリングハーバーに戻ってきたら、もう日没間際だった。ホテルのすぐ前にある、いわゆるコンビニは実に怪しく、いつ強盗に襲われてもおかしくないような毳々しいネオンライトを光らせている。もうこれは、高くてもいいから、ホテルのバーで喉を冷やすしかない。
24時迄空いている11階にある灯りがともったハーバーを望むバーで、僕は地ビールを頼んだ。バーテンダーはとっても喜んでくれたようで、どのくらい飲むのか、と聞いて来る。こういうところはまさに英国仕込み、いやこの国は英連邦だった。ガイドブックで覚えたばかりの英語で、僕はこう答えた。
Schooner, please.
日本で言えば中ジョッキと大ジョッキの間くらいだろうか。ホップの苦みがほどよく効いた、日本では飲んだことのない味わいが、ほどよく疲れた体に染み渡った。
シドニーはいい街だ。初日はてんこ盛りだったが無事終了。心配したワイフが2度携帯をかけてきたが、心配無用。英語圏には自信あり、なんてね。
もう1978年から80年になるがアメリカで、多分一生で一番勉強した。
たとえ昔取った杵柄でったとしても、僕のわずかばかりの青春の勲章なのだ。
2013年3月9日土曜日
彗星を見に行く
Team,
今、このブログを成田空港のJALファーストラウンジでしたためている。
別に頑張ってCクラス分を稼いだわけではない。JALがグローバル会員の特典を整理にかかっていて、今年度中に使わないと失効するグレードアップポイントがいっぱいあるからだった。
でも、すぐに南半球へ行こうと思った。
2006年2月だったと思う。僕は心が壊れて、1ヶ月会社を休んだ。休んでおいて、海外旅行かよ、と思われるかもしれないが、とにかく陽の光を浴びたかった。で、オーストラリアで、しかもレインフォレストというのを経験してみたかったので、ケアンズにしたのだった。空港から車で2時間ちょっと行った国立公園の中に瀟洒なロッジが建ち並ぶ、かなりな高級リゾートでまるまる一週間、なにもしないで過ごした。
一度、ワインを買いにロッジが提供しているシャトルバスで、街に行った。その時、思ったのだ。オーストラリアはやはり英国の文化だと。
今回は、ようやく北半球でも観測できるような時期に入ってメディアを賑わせている「パンスターズ彗星」を見に行く。この彗星は太陽から離れる軌道を回っているので、地球に衝突なんてことはない。
1等級みたいにビカビカのコメットではないが、立派な2等級でちゃんと肉眼観測できる。しかも、今、南半球では観測環境のピークなのだそうだ。
とても尾が長いらしい。
南十字星が輝く夜空を、長い尾をひきながら流れる流星。
なんだか、大震災から2年目を迎える日本に重ねたい、小さな希望のように僕には思える。たとえ、その日に日本にいなくても。
きっと、シドニーで言うだろう。
きょうはあの日から2年目です。
何も変わらないけれど、日本は、故郷は決して負けません、と。
今、このブログを成田空港のJALファーストラウンジでしたためている。
別に頑張ってCクラス分を稼いだわけではない。JALがグローバル会員の特典を整理にかかっていて、今年度中に使わないと失効するグレードアップポイントがいっぱいあるからだった。
でも、すぐに南半球へ行こうと思った。
2006年2月だったと思う。僕は心が壊れて、1ヶ月会社を休んだ。休んでおいて、海外旅行かよ、と思われるかもしれないが、とにかく陽の光を浴びたかった。で、オーストラリアで、しかもレインフォレストというのを経験してみたかったので、ケアンズにしたのだった。空港から車で2時間ちょっと行った国立公園の中に瀟洒なロッジが建ち並ぶ、かなりな高級リゾートでまるまる一週間、なにもしないで過ごした。
一度、ワインを買いにロッジが提供しているシャトルバスで、街に行った。その時、思ったのだ。オーストラリアはやはり英国の文化だと。
今回は、ようやく北半球でも観測できるような時期に入ってメディアを賑わせている「パンスターズ彗星」を見に行く。この彗星は太陽から離れる軌道を回っているので、地球に衝突なんてことはない。
1等級みたいにビカビカのコメットではないが、立派な2等級でちゃんと肉眼観測できる。しかも、今、南半球では観測環境のピークなのだそうだ。
とても尾が長いらしい。
南十字星が輝く夜空を、長い尾をひきながら流れる流星。
なんだか、大震災から2年目を迎える日本に重ねたい、小さな希望のように僕には思える。たとえ、その日に日本にいなくても。
きっと、シドニーで言うだろう。
きょうはあの日から2年目です。
何も変わらないけれど、日本は、故郷は決して負けません、と。
Sydney ! Sydney ! Sydney !
かの地は現在、気温28℃、天候は曇りらしい。
そう、僕は今、新千歳空港にいて、成田便の出発を待っている。
先週はとてもひどい暴風雪だったけれど、まさか2週連続で低気圧がやってくるとは思わなかった。あれほど、この時期の成田同日乗り継ぎは止めて前日入りした方が良いと妻に言われていたのだけれど、仕事とか、成田での余計なホテル代とか色々考えた。3月も半ばなので、暴風雪はないだろうと勝手に踏んでいた。
で、このありさまである。
新千歳発の成田行きは13時10分なので、普通は出発の2時間前に自宅を出れば余裕で間に合う。でも、昨夜から吹雪いていたし、朝、玄関を開けたら我が家は吹きだまりになって、いわば雪で文字通り雪隠詰めになっていた。これはいかんと、JRなどに連絡しても同じような問い合わせが殺到しているらしくつながらない。テレビのデータ放送を見たり、ウェザーニュース社のWebサイトをチェックして、急きょ4時間前にばたばたと自宅を出た。昨夜遅く迄、もろもろパッキングしていて良かった。
まだ除雪前なので膝下まで雪で埋まる。この時期の雪は水分が多く、重い。つぼ足でちょっと離れたJR新さっぽろ行きのバス停に辿り着いた。さすがに誰もいないので、バス会社に「ちゃんとバスは動いていますか?」と携帯で問い合わせてしまった。でも、バスはすごいね。「定刻運行しています」というではないか。
JR新札幌に着いたのは8時25分位だったけれど、札幌駅を定刻7時58分に出るはずのエアポートライナーがまだ出ていないという。これはいかん、と地下鉄に乗り換えて大谷地という駅から空港まで出ている定期バスに乗ろうかと思ったけれど、高速が閉鎖されていてきょうは運休だった。まずは空港へ行こうと腹をくくったら(オーバーだけれど)、遅れていたエアポートがやって来た。てっきり満員だと思っていたら、意外と空いている。きっと諦めた人たちも多いのだろう。
でも、運行のいろんな関係で空港についたのは定刻より1時間36分も遅れてしまった。でも、千歳駅から新千歳空港までが単線だったとは、初めて知った。
さっそく13時10分発の成田行きを見ると「天候調査中」とあった。
グランドホステスの方に確認すると、朝一番に飛んだ(飛んだ!)機体が戻り次第、搭乗手続きを開始しますという。
「じゃぁ、大きくディレイするかも知れないが成田へは飛ぶということですね」
ともう一押し。
「ディレイでの運行を予定していますが、今後の天候によっては欠航などになる可能性もあります」
と、さすがなエクスキュースを付け加えることを忘れなかった。
僕がリフレッシュにハワイではなく、シドニーを選んだのには訳がある。
南半球でパンスターズ彗星を見たいと思ったからだ。今年地球に接近して天文ファンをにぎわせているのは、3月中旬に観測のピークを迎えるパンスター彗星と、11月頃と言われているアイソン彗星。パンスターズは1等級の明るさではないらしいが、2等級でいずれにしても肉眼観測ができる。しかも北半球にいるより、南半球がベストとか。
南半球で彗星を見る。南十字星も見る。天文科学館にも行く。
やっぱりシドニーだった。
世界遺産に登録されているオペラハウスも一度見たかった。
オペラハウスのスケジュールを見ると、なんと当代随一のダンサーにして、コリオグラファーでもあるシルヴィ・ギエムの公演があるではないか!
南半球は今サマータイムで日本との時差はプラス2時間。
もうこれは買いだった。
残念なのは、とても評判のいいシドニー郊外の著名なヴィンヤード、ハンターズヴァレーのツアーを申し込んだのだけれど、どうも催行人数が集まっていないらしく、メールでは、受け付けましたのでご返事をお待ち下さい、と案内は来たけれど、Shortly informed で何の音沙汰もないことくらい。まぁ、Gmailはホテルで読めるから、前日オッケーでもいいか。
成田便が無事、新千歳を立てるかどうかはお昼過ぎに分かる。
でも、LCCのジェットスターが15分程度のディレイで飛んでいるので、僕は安心している。
コアラもなし、カンガルーもなし。シティの観光もなにもなし。
ただただ、海を眺めていたい。
そのためにずっと貯金して、いいホテルのハーバービューを予約したのだから。
そう、僕は今、新千歳空港にいて、成田便の出発を待っている。
先週はとてもひどい暴風雪だったけれど、まさか2週連続で低気圧がやってくるとは思わなかった。あれほど、この時期の成田同日乗り継ぎは止めて前日入りした方が良いと妻に言われていたのだけれど、仕事とか、成田での余計なホテル代とか色々考えた。3月も半ばなので、暴風雪はないだろうと勝手に踏んでいた。
で、このありさまである。
新千歳発の成田行きは13時10分なので、普通は出発の2時間前に自宅を出れば余裕で間に合う。でも、昨夜から吹雪いていたし、朝、玄関を開けたら我が家は吹きだまりになって、いわば雪で文字通り雪隠詰めになっていた。これはいかんと、JRなどに連絡しても同じような問い合わせが殺到しているらしくつながらない。テレビのデータ放送を見たり、ウェザーニュース社のWebサイトをチェックして、急きょ4時間前にばたばたと自宅を出た。昨夜遅く迄、もろもろパッキングしていて良かった。
まだ除雪前なので膝下まで雪で埋まる。この時期の雪は水分が多く、重い。つぼ足でちょっと離れたJR新さっぽろ行きのバス停に辿り着いた。さすがに誰もいないので、バス会社に「ちゃんとバスは動いていますか?」と携帯で問い合わせてしまった。でも、バスはすごいね。「定刻運行しています」というではないか。
JR新札幌に着いたのは8時25分位だったけれど、札幌駅を定刻7時58分に出るはずのエアポートライナーがまだ出ていないという。これはいかん、と地下鉄に乗り換えて大谷地という駅から空港まで出ている定期バスに乗ろうかと思ったけれど、高速が閉鎖されていてきょうは運休だった。まずは空港へ行こうと腹をくくったら(オーバーだけれど)、遅れていたエアポートがやって来た。てっきり満員だと思っていたら、意外と空いている。きっと諦めた人たちも多いのだろう。
でも、運行のいろんな関係で空港についたのは定刻より1時間36分も遅れてしまった。でも、千歳駅から新千歳空港までが単線だったとは、初めて知った。
さっそく13時10分発の成田行きを見ると「天候調査中」とあった。
グランドホステスの方に確認すると、朝一番に飛んだ(飛んだ!)機体が戻り次第、搭乗手続きを開始しますという。
「じゃぁ、大きくディレイするかも知れないが成田へは飛ぶということですね」
ともう一押し。
「ディレイでの運行を予定していますが、今後の天候によっては欠航などになる可能性もあります」
と、さすがなエクスキュースを付け加えることを忘れなかった。
僕がリフレッシュにハワイではなく、シドニーを選んだのには訳がある。
南半球でパンスターズ彗星を見たいと思ったからだ。今年地球に接近して天文ファンをにぎわせているのは、3月中旬に観測のピークを迎えるパンスター彗星と、11月頃と言われているアイソン彗星。パンスターズは1等級の明るさではないらしいが、2等級でいずれにしても肉眼観測ができる。しかも北半球にいるより、南半球がベストとか。
南半球で彗星を見る。南十字星も見る。天文科学館にも行く。
やっぱりシドニーだった。
世界遺産に登録されているオペラハウスも一度見たかった。
オペラハウスのスケジュールを見ると、なんと当代随一のダンサーにして、コリオグラファーでもあるシルヴィ・ギエムの公演があるではないか!
南半球は今サマータイムで日本との時差はプラス2時間。
もうこれは買いだった。
残念なのは、とても評判のいいシドニー郊外の著名なヴィンヤード、ハンターズヴァレーのツアーを申し込んだのだけれど、どうも催行人数が集まっていないらしく、メールでは、受け付けましたのでご返事をお待ち下さい、と案内は来たけれど、Shortly informed で何の音沙汰もないことくらい。まぁ、Gmailはホテルで読めるから、前日オッケーでもいいか。
成田便が無事、新千歳を立てるかどうかはお昼過ぎに分かる。
でも、LCCのジェットスターが15分程度のディレイで飛んでいるので、僕は安心している。
コアラもなし、カンガルーもなし。シティの観光もなにもなし。
ただただ、海を眺めていたい。
そのためにずっと貯金して、いいホテルのハーバービューを予約したのだから。
2013年2月24日日曜日
札幌生まれのワイン
Team,
土曜日に出かける目的は大抵決まっている。音楽。芝居。買い物はめったにしなくなった。きっと、物欲が年齢とともに衰えてきているのかもしれない。しかし、ライブという再現性のない場にいることは極めて僕の心をとらえて離さない。
五嶋龍は神のようだったし、沓野勢津子のマリンバは遠い記憶のような音色だった。「11月のある日」というキューバ人、レオ・ブローウェル作曲のギターの名曲との出逢いもやはりライブならではのものだった。
ワインを楽しむ会、などというものには縁がないと思っていた。飲むのは一人でと決めている僕にとって誰かと幸せな時間をシェアするのは性分に合わないとずっと思っていた。だけれども、ある偶然の出会いで道産ワインを応援する会に出向くことになった。普段は家具等のセレクトショップになっている洒脱なスペースが会場になっていることも何故か心惹かれるものがあった。
札幌市内にワイナリーがあるなんて初めて知った。北海道と言えば池田町。あるいは函館か。緯度的にもドイツ系葡萄が適していて、実はヴィンヤードが思いのほか多いことも知ってはいたけれど、文字通り灯台下暗しだった。
「さっぽろ藤野ワイナリー」。生産者の方に直接話を聞けたこともとても楽しかったし、とても誠実に作られているのは一口味わってみるとすぐに分かった。赤がメインだそうだが、白も泡も作っているという。しかも、三人兄弟でヴィンヤードで葡萄を育て、自家醸造までやっていらっしゃると聞いて頭が下がる思いだった。写真にはないが、泡は不意打ちされたように美味しかった。保存のための亜硝酸塩を使っていない、あるいはよく言う「おまじない程度」にしか使っていないので取り扱いに注意が必要だ。もともと小ロットなので、なかなか飲む機会が少ないこともハンディだろう。でも、無濾過でかすかににごりのある果実香溢れた軽い味わいは、主催者がマリアージュにと用意したサバとタラの薫製によく合っていた。
結婚式のパーティかと見まごうばかりにドレスアップしてピンヒール姿のレディも多かったので、僕は少し居心地が悪かったけれど、その分生産者の方々と大人同士の会話ができたのは、土曜日の夜という幸せな時間に鮮やかな彩りを添えてくれた。
「いつかピノ・ノワールをやりたい」生産者は夢を語った。やっぱり、人生、ライブがいいに決まっている。
土曜日に出かける目的は大抵決まっている。音楽。芝居。買い物はめったにしなくなった。きっと、物欲が年齢とともに衰えてきているのかもしれない。しかし、ライブという再現性のない場にいることは極めて僕の心をとらえて離さない。
五嶋龍は神のようだったし、沓野勢津子のマリンバは遠い記憶のような音色だった。「11月のある日」というキューバ人、レオ・ブローウェル作曲のギターの名曲との出逢いもやはりライブならではのものだった。
ワインを楽しむ会、などというものには縁がないと思っていた。飲むのは一人でと決めている僕にとって誰かと幸せな時間をシェアするのは性分に合わないとずっと思っていた。だけれども、ある偶然の出会いで道産ワインを応援する会に出向くことになった。普段は家具等のセレクトショップになっている洒脱なスペースが会場になっていることも何故か心惹かれるものがあった。
札幌市内にワイナリーがあるなんて初めて知った。北海道と言えば池田町。あるいは函館か。緯度的にもドイツ系葡萄が適していて、実はヴィンヤードが思いのほか多いことも知ってはいたけれど、文字通り灯台下暗しだった。
「さっぽろ藤野ワイナリー」。生産者の方に直接話を聞けたこともとても楽しかったし、とても誠実に作られているのは一口味わってみるとすぐに分かった。赤がメインだそうだが、白も泡も作っているという。しかも、三人兄弟でヴィンヤードで葡萄を育て、自家醸造までやっていらっしゃると聞いて頭が下がる思いだった。写真にはないが、泡は不意打ちされたように美味しかった。保存のための亜硝酸塩を使っていない、あるいはよく言う「おまじない程度」にしか使っていないので取り扱いに注意が必要だ。もともと小ロットなので、なかなか飲む機会が少ないこともハンディだろう。でも、無濾過でかすかににごりのある果実香溢れた軽い味わいは、主催者がマリアージュにと用意したサバとタラの薫製によく合っていた。
結婚式のパーティかと見まごうばかりにドレスアップしてピンヒール姿のレディも多かったので、僕は少し居心地が悪かったけれど、その分生産者の方々と大人同士の会話ができたのは、土曜日の夜という幸せな時間に鮮やかな彩りを添えてくれた。
「いつかピノ・ノワールをやりたい」生産者は夢を語った。やっぱり、人生、ライブがいいに決まっている。
2013年2月23日土曜日
最近、思うこと。
Team,
昨年のバースデーでめでたく55才となり、いわゆる「定年」まで5年になった。法律の改正で65才までは働けるし、働かないと食うに困るが、60才で会社はいずれにしても退職することになる。退職金は現金支給なので、ささやかだけれでど23才でこのテレビの世界に入って32年間、お疲れさま!と祝えるくらいのお金は頂けるだろう。その後の5年間は、いわばおまけのようなもので、時給制の会社もあるくらいだからとてもモチベーションが働くとは思えないし、そういう自分にもなりたくはない。もう企業人として十分以上のことはしたはずなのだから。
そう思っていたけれど、それがなんだ、と思うようになった。多分、二つ理由がある。一つは2011年の東日本大震災。普通に暮らすこと、幸せの尊い意味を知った。もう一つは、やはり55才になって、事実上の現役が5年しかないのなら、せめて30年以上メディア人としてこの世界にかかわってきたナレッジやスキルやインサイトを社会に役立てたいと、しみじみ思うようになったからだ。
自慢にはならないが、家庭を顧みない仕事依存症の人間だった。テレビの世界には、そうしたスリリングな自己実現の宇宙が広がっていて、幸いにも僕はその神様の後ろ髪の一本くらいはつかんだと思っていた。でも、それは誰も幸せにはしなかったように思う。確かに、自己実現は出来たかもしれない。高いサラリーをもらって家族にひもじい思いは一度もさせなかったし、DVも起こさなかったし、ギャンブルやアルコールの依存症にもならなかった。でも、仕事依存症だった。僕は、僕の家族は人並みだと思うが、「とっても幸せだよね」とはきっと言えないと思う。
どうにかして、社会とのかかわりを持ちたいとここ数年考えていた。でも、実際ボランティアとはやってみると距離感がつかめなかった。何かの役に立っているのだろうかと。でも、大切なのはそう実感できるかどうかじゃなかった。誰かを想い、それを形にすること。それが、この世界とかかわり、なにかより大きなものの一部になることだと気がついた。僕はそうとう鈍感な人間だったようだ。
まだうぶ声を上げたばかりだけれど、若い人たちと「しゃべりば場」というか、ワールドカフェのような、あるいはミニTEDのようなセッションを始めた。札幌にもTEDサロンがあるのは知っていたが、このまえウェブサイトを見たらサポートスタッフ(当日のボランティアではない)を募集していたのでエントリーした。3月中旬にオリエンテーションがあるらしい。英語でスピーチなどさせられなければいいのだけどね(笑)。
あと一つ。これは前から誘われていたし、ずっと長く作り手にいたテレビマンとして入りたかった「放送人の会」。普段はライバルだけれど、札幌テレビにいらっしゃる大先輩に推薦をお願いして入会を申し込んだ。英語で表記すると、Television Creators Society of Japan。現場の制作者の集まり、ということか。現在、会員は200名ということだが、まあ、神様とか、巨匠とか、大先達とか、キラ星のような大先輩がひしめいている。55才の僕など、多分使いっ走りだろう。でも、そこから始めよう。
1981年。憧れていたテレビの世界に入った。でも、一年間はなにもさせてもらえなかった。「見ていろ」だだそれだけ言われただけで、朝一番に来て、デスクや先輩たちの机を黙々と雑巾がけする毎日だった。昼休みは1時間ちゃんとあるはずなのに15分で食って戻ってこい、と言われ外食しにいく同期たちが羨ましくてしかたなかった。でも、そうやってただ見ていたから見えるものがあったし、どんなに追い込みになったり、大事件や大事故でパニクった状況になっても人より平静でいられるようになっていった。そんなある日、虫の居所が悪いとすぐ僕の顔や頭をスリッパで叩いていたボスがこういった。
「きょうからお前が(ディレクター)卓につけ。卓につけばお前が指揮官だ。全部責任をとるんだ」
使いっ走りで終わることもあるだろう。でも、草鞋取りから天下人になってご仁もいるではないか。
もう一度、始めたい。いつも初心で。
昨年のバースデーでめでたく55才となり、いわゆる「定年」まで5年になった。法律の改正で65才までは働けるし、働かないと食うに困るが、60才で会社はいずれにしても退職することになる。退職金は現金支給なので、ささやかだけれでど23才でこのテレビの世界に入って32年間、お疲れさま!と祝えるくらいのお金は頂けるだろう。その後の5年間は、いわばおまけのようなもので、時給制の会社もあるくらいだからとてもモチベーションが働くとは思えないし、そういう自分にもなりたくはない。もう企業人として十分以上のことはしたはずなのだから。
そう思っていたけれど、それがなんだ、と思うようになった。多分、二つ理由がある。一つは2011年の東日本大震災。普通に暮らすこと、幸せの尊い意味を知った。もう一つは、やはり55才になって、事実上の現役が5年しかないのなら、せめて30年以上メディア人としてこの世界にかかわってきたナレッジやスキルやインサイトを社会に役立てたいと、しみじみ思うようになったからだ。
自慢にはならないが、家庭を顧みない仕事依存症の人間だった。テレビの世界には、そうしたスリリングな自己実現の宇宙が広がっていて、幸いにも僕はその神様の後ろ髪の一本くらいはつかんだと思っていた。でも、それは誰も幸せにはしなかったように思う。確かに、自己実現は出来たかもしれない。高いサラリーをもらって家族にひもじい思いは一度もさせなかったし、DVも起こさなかったし、ギャンブルやアルコールの依存症にもならなかった。でも、仕事依存症だった。僕は、僕の家族は人並みだと思うが、「とっても幸せだよね」とはきっと言えないと思う。
どうにかして、社会とのかかわりを持ちたいとここ数年考えていた。でも、実際ボランティアとはやってみると距離感がつかめなかった。何かの役に立っているのだろうかと。でも、大切なのはそう実感できるかどうかじゃなかった。誰かを想い、それを形にすること。それが、この世界とかかわり、なにかより大きなものの一部になることだと気がついた。僕はそうとう鈍感な人間だったようだ。
まだうぶ声を上げたばかりだけれど、若い人たちと「しゃべりば場」というか、ワールドカフェのような、あるいはミニTEDのようなセッションを始めた。札幌にもTEDサロンがあるのは知っていたが、このまえウェブサイトを見たらサポートスタッフ(当日のボランティアではない)を募集していたのでエントリーした。3月中旬にオリエンテーションがあるらしい。英語でスピーチなどさせられなければいいのだけどね(笑)。
あと一つ。これは前から誘われていたし、ずっと長く作り手にいたテレビマンとして入りたかった「放送人の会」。普段はライバルだけれど、札幌テレビにいらっしゃる大先輩に推薦をお願いして入会を申し込んだ。英語で表記すると、Television Creators Society of Japan。現場の制作者の集まり、ということか。現在、会員は200名ということだが、まあ、神様とか、巨匠とか、大先達とか、キラ星のような大先輩がひしめいている。55才の僕など、多分使いっ走りだろう。でも、そこから始めよう。
1981年。憧れていたテレビの世界に入った。でも、一年間はなにもさせてもらえなかった。「見ていろ」だだそれだけ言われただけで、朝一番に来て、デスクや先輩たちの机を黙々と雑巾がけする毎日だった。昼休みは1時間ちゃんとあるはずなのに15分で食って戻ってこい、と言われ外食しにいく同期たちが羨ましくてしかたなかった。でも、そうやってただ見ていたから見えるものがあったし、どんなに追い込みになったり、大事件や大事故でパニクった状況になっても人より平静でいられるようになっていった。そんなある日、虫の居所が悪いとすぐ僕の顔や頭をスリッパで叩いていたボスがこういった。
「きょうからお前が(ディレクター)卓につけ。卓につけばお前が指揮官だ。全部責任をとるんだ」
使いっ走りで終わることもあるだろう。でも、草鞋取りから天下人になってご仁もいるではないか。
もう一度、始めたい。いつも初心で。
2012年6月16日土曜日
札幌より離れて思う
随分とこの個人ブログともご無沙汰していたものだ。以前、ここで僕は「覚醒した」、あるいは「ニュータイプ化し始めている」とか、「The Universeとconnectedし始めている」とか大言壮語したことがある。大方は恥じ入る思いだが、一つだけ確かなことがある。それは、やはり僕は、何か大きなこの世界の動きにwiredしていているということだ。そう、勝手な解釈で恐縮だがしかし、人生にとって一番大切なことは、もちろん個人としての手の届く家族や友達だが、この世界とかかわる一人としての自分を知ることだと、深く自覚するようになったことだと思う。
きょうは私事あって、札幌からJRで2時間半くらい離れた町に来ている。一度来てから、すっかり気に入ってしまった。ここは非常にスモールだからだ。あるお店では、文具とファンシーグッズと書店とDVDのレンタルショップ。それに携帯の契約代理店が同居している。また、あるお店では、野球のグローブなどスポーツ用品と一般に言う靴と、女性向けのバッグを一緒に売っている。地方ではありがちなことかも知れないが、専門店のような垂直統合ではなく、横へ横へとクラウドセンターのように町の生活に根づいている。泊まっている宿の海抜は、5.9mだそうだ。つまり、海が非常に近い。加温しているが、立派な、しかも適度に小さな源泉掛け流しの温泉があり、24時間湯につかることができる。しかも、僕好みの少しだけぬるめである。札幌の老舗店で若い頃、丁稚奉公(意味が分からない方は広辞苑やネットで調べて欲しい)から叩き上げた大将が旨い鮨を握ってくれる。町自慢のななつぼしは、昼はしゃり少し多めに、夜は小ぶりで供され、酒飲みにはうれしい限り。もっとも気に入っているのは、宿の施設としてびっくりするくらいしっかりした図書館があることだ。新刊もきちっと揃え、国内外の文学からサスペンス、ノンフィクション、そしてちゃんと絵本や漫画、図鑑も揃えている。キュレーションが行き届いていることが分かるのだ。しかも午後8時まで開館している。本好きの僕には堪らない。
きょうはニュースの一杯あった一日だった。Facebookで、オウム真理教の一連の事件で特別手配されていた最後の容疑者が、市民監視の末、あろうことかマンガ喫茶で逮捕された。偶然というべきか、敬愛してやまない村上春樹の「アンダーグラウンド」とくだんの図書館で出逢うこととなった。地下鉄サリン事件の被害者に村上自身がおこなったインタビューを淡々と積み上げた700ページを超す創作というより、ノンフィクションである。だが、これは近々にノーベル文学賞受賞が確実視されている作家をもってしても、残念なことに届いていないと2012年の僕は思う。信者たちは洗脳されたのではなく、そちら側の世界を自ら選んだというべきだ。だから、加害者と被害者という単純な構図で理解するべきではなかった。この世では得られない救いを最終解脱者を名乗るたった一人の男に、徹底的に支配された。「ポアしろ」とはこんな傲慢な言葉がこの世界にあるのかと思う。人を殺めることで、その人のステージを上げる。つまり善行なのだ、と信じ込ませた。知性と人格を支配された、あるいは委ねてしまった。狡猾かつ強権的な集団心理による支配。互いに密告することも奨励されていただろう。つまりダブルバインド(二重拘束)だったのだ。もっと正確に言えば、それほど法治国家の想像力を超える破壊的カルトだったということだし、今も破防法を発動できないまま(戦前のトラウマから当時ですらできなかったのだから、今となっては不可能だろう)、その末裔の存在を容認していることになっていたりする。今もなお、若い信者が入信しているとニュースは伝えていた。1995年から社会は何も学んでいないことになるのだろうか。実は70億人を抹殺出来るサリンを製造しようとしていた新興宗教なのに。司法の総力を挙げても今なお、「オウム真理教」とは一体何だったのか、いっこうに総括されていないことを思わざるをえない。僕たちの世代は、ニューアカデミズムという時代を経験している。浅田彰氏や中沢新一氏は、まさに時代の寵児としてもてはやされた。だが、彼らの語る真理へ通じる思索は何の役にも立たなかったし、中沢氏に至っては宗教学の立場から、オウムを擁護する発言をしていた時期があり、多くの非難の的になった。中沢氏は決して間違っていたのではなく、ただ余りにも宗教を無垢なものとしてし理解していただけだったし、カルトは宗教、特に新興宗教と結びつきやすいことを宗教学者が知らないのは、そもそも馬鹿げている。その後、彼は以前よりも増してチベット密教に傾倒して、当事者であることから逃げた。当代きっての知性がだ。救い主の名の下にどのような歴史(正しくは、生き残った者のという注釈がつくが)が作られてきたのか、まさかご存知なかったはずはない。実社会に何の寄与もしない(少なくとも一世代くらいは)思索が不必要だとは思わない。アインシュタインが解明した宇宙の仕組みは、人類に多くのものを寄与したし、ニュートンの林檎まで引き合いに出すまでもないだろう。だが、現実の歪みや非連続な人間社会の至る所にある複雑系を解き明かしてこその思索ではないだろうか。今、多くの事象に鋭い思索を向ける宇野常寛氏や、古市憲寿氏と比べれば、ニューアカデミズムはあだ花だったと言わざるを得ない。
もう一つは、改正臓器移植法で法整備された6歳未満の脳死児童から、両親の同意を得て、日本で初めての臓器移植が行われたことだ。特に心臓は大阪大学付属病院で10歳未満の拡張性心筋症の女児に移植され、極めて術後経過が良いと報道されている。両親のコメントは、この重く閉塞した時代にあってもなお、己が引き裂かれるような悲しみと、体温が残り、動いている心臓を取り出す。その想像を絶する苦悩を超えて、他者の痛みを救おうする、人のみがなしえる行為に満ちていた。「希望」と、両親は報道向けのコメントで書いていた。
僕は今は運転免許証の裏に書くことで意思表明できるドナーカードに全てイエスと書いている。それはドナーカードが薄い紙だった頃からそうだった。正確な血液情報と一緒に、いつもバッグに入れていた。リトルピープルであることを理解した今の僕にできるわずかな想像力だし、この世界の一部としてかかわりたいと願う一個人の意思表明でもある。
改めて、人の理解は一個体としてということとは別に、集団として人はどのような行動をとる生き物なのかをもっと深く思索、研究する優れた頭脳の持ち主が現れることを切に願った一日となった。人の世界は実はとてもスモールだったりする。だから、恐怖や怒り、特に集団心理にかられ暴走することがある。ナチス支配やさまざまなカルトはその代表であるり、ルワンダで起こった悲劇や、日本で言えば連合赤軍の末路がそれを示している。東大理学部で素粒子論を研究し博士課程まで進んだ人が、どうして地下鉄でサリンの入ったビニル袋に傘を突き刺す実行犯となれるのか。正気と狂気は決して、彼岸と此岸に分かれてはいない。考えてみれば、日々働く職場や会社というのは、ひとつの集団心理だし、それが国家となれば、一度弾かれた引き金はもとには戻らない。なぜ人類から憎しみがなくならないのか。破壊することをやめないのか。故開高健がかつて喝破したように、「私たちは大脳が後退したただの二足歩行の生き物」でしかないのだろうか。人の叡智や崇高な知性は本当にそれを乗り越えられるのだろうか。
それを知ることが、私たちの、そして私たちに続く世代や時代にとっての、希望につながるのかも知れない。
きょうは私事あって、札幌からJRで2時間半くらい離れた町に来ている。一度来てから、すっかり気に入ってしまった。ここは非常にスモールだからだ。あるお店では、文具とファンシーグッズと書店とDVDのレンタルショップ。それに携帯の契約代理店が同居している。また、あるお店では、野球のグローブなどスポーツ用品と一般に言う靴と、女性向けのバッグを一緒に売っている。地方ではありがちなことかも知れないが、専門店のような垂直統合ではなく、横へ横へとクラウドセンターのように町の生活に根づいている。泊まっている宿の海抜は、5.9mだそうだ。つまり、海が非常に近い。加温しているが、立派な、しかも適度に小さな源泉掛け流しの温泉があり、24時間湯につかることができる。しかも、僕好みの少しだけぬるめである。札幌の老舗店で若い頃、丁稚奉公(意味が分からない方は広辞苑やネットで調べて欲しい)から叩き上げた大将が旨い鮨を握ってくれる。町自慢のななつぼしは、昼はしゃり少し多めに、夜は小ぶりで供され、酒飲みにはうれしい限り。もっとも気に入っているのは、宿の施設としてびっくりするくらいしっかりした図書館があることだ。新刊もきちっと揃え、国内外の文学からサスペンス、ノンフィクション、そしてちゃんと絵本や漫画、図鑑も揃えている。キュレーションが行き届いていることが分かるのだ。しかも午後8時まで開館している。本好きの僕には堪らない。
きょうはニュースの一杯あった一日だった。Facebookで、オウム真理教の一連の事件で特別手配されていた最後の容疑者が、市民監視の末、あろうことかマンガ喫茶で逮捕された。偶然というべきか、敬愛してやまない村上春樹の「アンダーグラウンド」とくだんの図書館で出逢うこととなった。地下鉄サリン事件の被害者に村上自身がおこなったインタビューを淡々と積み上げた700ページを超す創作というより、ノンフィクションである。だが、これは近々にノーベル文学賞受賞が確実視されている作家をもってしても、残念なことに届いていないと2012年の僕は思う。信者たちは洗脳されたのではなく、そちら側の世界を自ら選んだというべきだ。だから、加害者と被害者という単純な構図で理解するべきではなかった。この世では得られない救いを最終解脱者を名乗るたった一人の男に、徹底的に支配された。「ポアしろ」とはこんな傲慢な言葉がこの世界にあるのかと思う。人を殺めることで、その人のステージを上げる。つまり善行なのだ、と信じ込ませた。知性と人格を支配された、あるいは委ねてしまった。狡猾かつ強権的な集団心理による支配。互いに密告することも奨励されていただろう。つまりダブルバインド(二重拘束)だったのだ。もっと正確に言えば、それほど法治国家の想像力を超える破壊的カルトだったということだし、今も破防法を発動できないまま(戦前のトラウマから当時ですらできなかったのだから、今となっては不可能だろう)、その末裔の存在を容認していることになっていたりする。今もなお、若い信者が入信しているとニュースは伝えていた。1995年から社会は何も学んでいないことになるのだろうか。実は70億人を抹殺出来るサリンを製造しようとしていた新興宗教なのに。司法の総力を挙げても今なお、「オウム真理教」とは一体何だったのか、いっこうに総括されていないことを思わざるをえない。僕たちの世代は、ニューアカデミズムという時代を経験している。浅田彰氏や中沢新一氏は、まさに時代の寵児としてもてはやされた。だが、彼らの語る真理へ通じる思索は何の役にも立たなかったし、中沢氏に至っては宗教学の立場から、オウムを擁護する発言をしていた時期があり、多くの非難の的になった。中沢氏は決して間違っていたのではなく、ただ余りにも宗教を無垢なものとしてし理解していただけだったし、カルトは宗教、特に新興宗教と結びつきやすいことを宗教学者が知らないのは、そもそも馬鹿げている。その後、彼は以前よりも増してチベット密教に傾倒して、当事者であることから逃げた。当代きっての知性がだ。救い主の名の下にどのような歴史(正しくは、生き残った者のという注釈がつくが)が作られてきたのか、まさかご存知なかったはずはない。実社会に何の寄与もしない(少なくとも一世代くらいは)思索が不必要だとは思わない。アインシュタインが解明した宇宙の仕組みは、人類に多くのものを寄与したし、ニュートンの林檎まで引き合いに出すまでもないだろう。だが、現実の歪みや非連続な人間社会の至る所にある複雑系を解き明かしてこその思索ではないだろうか。今、多くの事象に鋭い思索を向ける宇野常寛氏や、古市憲寿氏と比べれば、ニューアカデミズムはあだ花だったと言わざるを得ない。
もう一つは、改正臓器移植法で法整備された6歳未満の脳死児童から、両親の同意を得て、日本で初めての臓器移植が行われたことだ。特に心臓は大阪大学付属病院で10歳未満の拡張性心筋症の女児に移植され、極めて術後経過が良いと報道されている。両親のコメントは、この重く閉塞した時代にあってもなお、己が引き裂かれるような悲しみと、体温が残り、動いている心臓を取り出す。その想像を絶する苦悩を超えて、他者の痛みを救おうする、人のみがなしえる行為に満ちていた。「希望」と、両親は報道向けのコメントで書いていた。
僕は今は運転免許証の裏に書くことで意思表明できるドナーカードに全てイエスと書いている。それはドナーカードが薄い紙だった頃からそうだった。正確な血液情報と一緒に、いつもバッグに入れていた。リトルピープルであることを理解した今の僕にできるわずかな想像力だし、この世界の一部としてかかわりたいと願う一個人の意思表明でもある。
改めて、人の理解は一個体としてということとは別に、集団として人はどのような行動をとる生き物なのかをもっと深く思索、研究する優れた頭脳の持ち主が現れることを切に願った一日となった。人の世界は実はとてもスモールだったりする。だから、恐怖や怒り、特に集団心理にかられ暴走することがある。ナチス支配やさまざまなカルトはその代表であるり、ルワンダで起こった悲劇や、日本で言えば連合赤軍の末路がそれを示している。東大理学部で素粒子論を研究し博士課程まで進んだ人が、どうして地下鉄でサリンの入ったビニル袋に傘を突き刺す実行犯となれるのか。正気と狂気は決して、彼岸と此岸に分かれてはいない。考えてみれば、日々働く職場や会社というのは、ひとつの集団心理だし、それが国家となれば、一度弾かれた引き金はもとには戻らない。なぜ人類から憎しみがなくならないのか。破壊することをやめないのか。故開高健がかつて喝破したように、「私たちは大脳が後退したただの二足歩行の生き物」でしかないのだろうか。人の叡智や崇高な知性は本当にそれを乗り越えられるのだろうか。
それを知ることが、私たちの、そして私たちに続く世代や時代にとっての、希望につながるのかも知れない。
2012年1月25日水曜日
テレビジョンの未来像仮説β
Team,
21世紀ももはや2012年となった。最近北米ではITに加えて、CE(家電、Consumer
Electronics)と呼ばれる世界が熱い。放送と通信の世界は、ITとCEの世界に大きく呑み込まれようとしている。家庭の中はInternet
of Thingsとなり、地域はスマートグリッドに。エネルギー革命も進み、ITからET(Energy
Technology)へと時代は向かう。あらゆる意味でイノベーションとストラテジーの時代の到来である。
日本では東日本大震災があまりにも大きな事象だったので、地デジ後の話はすっかり聞かれなくなった。だが、世界的には”Smart
TV”とデファクトで呼ばれるようになったインターネットテレビジョンへの移行が進む。いわゆる地デジとは、テレビの買い替え需要を先食いしてしまったとも言えるし、どう考えても一家にテレビは1台で十分ではないか。複雑な利便性が好まれとは個人的には思わない(逆にセルレグザのように、勝手に録画してくれるテレビサーバのような方向性はありがたい)。テレビジョンの未来像の仮説を立てる上で、ニューヨークに住む知人から聞いた話が非常に印象的だったので、それを基にモデル化してみたい。
さて、アメリカでは60インチ等の大画面テレビ(特に日本製)が好調な売れ行きだそうだ。これは、実はアメリカの一般家庭像の反映と言える。アメリカでは、家族が集まるのはリビングであり(Huluでアメリカのテレビドラマを見ていると、意外にリビングとベッドルームのシーンが多い。特に日本よりこじんまりしていると思えるリビングの意味は大事なのだろう)、そこにはやはり大画面のテレビが必要なのだ。果たして日本はどうか?平均的な一般家庭のリビングよりは広いと思われる我が家でも49インチ(購買当時の値段としては買える上限だったこともあるが)なので、現在1インチ=1000円という劇的安価になっているとしても、60インチがリビングの大きさに対して適応かどうかということもあるだろう。もっと大切なのは、家族が集まる場としてのリビングはちゃんと機能しているだろうかということである。
アメリカの家庭の話には続きがある。60インチの大画面は、いわゆるインターネットTVである。北米では日本のように地上波で受信して見ている家庭は極めて稀で、衛星かケーブルが一般的である。加えてインターネット経由で番組を見ているのは普通になっている。というか、ネットフリックス(インターネット経由の番組配信会社)の契約者が、昨年とうとうケーブルテレビ最大手、コムキャストのそれを抜いてしまった。ここ数年流行言葉となった「コードカッティング(ケーブルや衛星の契約を止めて、ネットフリックスなどに乗り換えること)」である。
60インチのテレビジョンが鎮座している、とあるアメリカ人家族のリビングを描写してみよう。大画面テレビジョン=インターネットTVには、先ほど説明したネットフリックスが映っているのだが、家族は誰も真剣にそれを見てはいない。みんなそれぞれのタブレット(例えばiPad)をメーンスクリーンにしている(当然家庭内はWiFiで無線LAN環境になっている)。子供達はアングリーバードで遊んでいる。お父さんは人気ドラマ「グレイズ・アナトミー」を見ている(外科手術シーンの多いこのドラマ、お母さん達は苦手らしい)。そしてお母さんはクックパッドや最新ファッションのショッピングサイトを見ている。つまり、リビングのテレビはもはやBGMであり、リビングに家族が集まるためのシンボルなのだ。これを称して、Bi
Screen、バイスクリーンと呼ぶ。テレビジョンとタブレット。画面の大きさや高精彩度では圧倒的にテレビジョンなのだが(今後iPad3にレティナディスプレーが搭載されるようにタブレットの高精彩化が進む)、実はメーンに使われているのはタブレットになる。リビングから離脱して、HuluやYouTubeを見たり、Skypeで友達とおしゃべりする。またはアプリで何か用事や娯楽を楽しむこともあるだろう。ソフトキーボードでメールを出すことも宅内が無線LAN化されていればとても簡単なことだ。場合によっては、パーソナルコンピューター(だからウルトラブックのように薄型軽量であることが必要)であったり、スマートフォンであったりするだろう。テレビジョン、パーソナルコンピューター、タブレット、スマートフォンを合わせて4
Screenと呼ぶこともある。だが、4つものデバイスが個人に紐付いて、連携する必要が本当にあるだろうか(だから電子書籍単体リーダーは無理があると個人的に思うのだ)。また、コンテンツとは、幾つものデバイスをまたがらなければならないほど、それほど需要があるのだろうか?特に「家族」にとって。
先ほどのアメリカ人家庭は、決してコミュニケーションレスではない。アングリーバードを楽しんでいる子供達はお互いにクリアした面の話で盛り上がっているし、グレイズ・アナトミーを見ながらお父さんは子供達に話しかけ、ネットウィンドウショッピングをしているお母さんとも会話が絶えない。そして、あるサイトを見ていたお母さんが家族にこう言うのだ。「ねぇ、今オーダーするとピザが半額なんだけれど、お昼にしない?」
家族の絆がちゃんとあってのバイスクリーンなのだ。
コンテンツとしてのテレビジョンは、家族に見てもらって、楽しんでもらいたい「娯楽」だった。2012年。震災後社会でもそれは大きくは変わらないだろう、と考えるのは合理性のあることだろうか。しかし、テクノロジー・イノベーションはコンテンツを見る環境をどんどんテレビジョンから引き剥がして行く。そして家族の在り方も変わる。特にインターネットをパーソナルコンピューターではなくモバイルで定義する若い世代の変化は著しい。古市憲寿氏の「絶望の国の幸福な若者たち」に次のような記述がある。「たとえば、ユニクロとZARAでベーシックなアイテムをそろえ、H&Mで流行を押さえた服を着て、マクドナルドでランチとコーヒー。(中略)家ではYouTubeを見ながらSkypeで友達とおしゃべり。家具はニトリとIKEA。夜は友達の家に集まって鍋。お金をあんまりかけなくても、そこそこ楽しい日常を送ることができる」と。超高齢化、少子化、晩婚化、さらには生涯未婚率の増加。生産労働人口の減少は歯止めはかからず、当然のことながら総世帯所得はゆっくりとかもしれないが右肩下がりに縮小していく。そしていつ国債がデフォルトになるか分からない日本。この国家縮小期のデフレ時代を小さく(それは幸福ではないということではない)生きる彼らに、60インチのテレビジョンはもとより必要ではなく、そもそもテレビジョンは生活家電ですらなくなるのかもしれない。新聞はすでにリテラシーの高い人々のメディアとなっているし、主に女性雑誌を支えて来たブランド広告ももはや必要はなくなるかも知れない。
日本の地デジはワンセグ方式を採用したため、テレビジョンはモバイルに置き換えられる(既にワンセグでテレビは十分という世代が登場している)。地デジチューナーとディスプレーがあれば単機能のテレビジョンはもういらない。今後更なる進化が期待されるモバイルなどのインターネット世界。LTEへ高速化する通信網、そしてワイヤレス。「リビングの王様」だったテレビジョンは、クラウドに置かれたコンテンツを見る”ビューワー”に世代交代していくのかも知れない。インターネットTVへの進化は時代の奔流だ。基本的には広告を売っている媒体(メディア)である民放、特にローカルはどのように生存戦略(成長戦略ではない)をとるべきなのだろうか。Rough Consensus is running code. そう、熟議している時間はないし、AppleやGoogleではないが「(これまでの)世界を変える」ことこそ必要だろう。なぜなら、未来という言葉の持つ時間軸の尺度は益々短くなり(ここでいう未来とはマーケットと同義である。長期的なトレンドが5〜10年とするならば、変化に布石を打つためには個人的には1〜2年。長くて3年だろう。ビジネスのスピードは非常に速い)、これまでとはこれからの未来はあきらかに"非連続"からだ。
改めてTeamとは, トムラウシにて
Team,
安息日から道東の秘境、トムラウシに”湯治”に来ている。
国民宿舎のリーズナブルな宿であるが、二十四時間温泉に入れるのが素晴らしい。
さらに、素晴らしいのは深い雪である。JR新得駅までコースターで迎えに来てくれたのだが、走り出してどんどん山道に分け入って行くと、当たり前のことだが除雪が十分ではなく、雪道の幅員も狭くなっていて、「ちょっと危なくないよね」と心配したほどだった。だが、75分で無事宿に到着した。
夏と違ってウォーキングする場所があるわけではない。宿からあまり離れると危険な感じがあるのだが、小一時間ほど雪道を踏みしめて散歩。偶然にも、エゾクロテンの目撃に成功。後は、温まり具合がちょうどいいナトリウム泉に一日何度も浸かっては、いわゆる体温療法(体温を上げると免疫力が高まる)三昧。さらには、持ち込んだ本を読むは、読むは。特に、買ったまま積んどく状態になっていた、宇野常寛の「リトル・ピープルの時代」が極めて面白い。さすが、現代随一の批評家と言われるだけのことはある。
昨夜、というのは火曜日だが、復活したNHK「ザ・プロフェッショナル」を久しぶりに見た。Googleのエンジニアのお話なのだが、非常に面白かった。Googleの企業文化や風土のユニークネスを垣間みる事が出来た。さすが世界最先端を行くIT企業だと思った。自分の会社と比べるのも恥ずかしい。一番驚いたのは、プロジェクトは基本参加メンバー全員合意が必要、というのは意外だった。Googleだったら真逆だろうと思ったからだ。誰もが一目置かれる天才エンジニアだろうから、その中でも一番優れた想像力を持ったリーダーに従った方がより効率的だし、とにかくITの世界で一番重要なスピード力がある。そう思ったのだ。だが、真実は逆だった。一見遠回りだが、プロジェクトに参加している全員が議論を尽くし、納得することで、新しい発想やチームとしての仕事力のパワーが高まると考えるそうだ。
「ザ・プロフェッショナル」は、そのリーダーとなっているエンジニアは「世界を変えるリスクをとれ」、と言っていた。それは素晴らしい言葉ではあるが、本当に素晴らしい意のは、その世界を変えることは、全く新しいことは、たった一人の天才ではなく、優れたチーム力から生まれるということだと思う。
Team,
チーム。なんと素晴らしい言葉ではないだろうか。
2012年1月14日土曜日
エンディング・ノートを観る
まだ今年は始まったばかりですが、今年のマイベスト1は早くもこの映画になりました。
「エンディング・ノート」。胃がんのため69歳の若さで亡くなった砂田知昭さんの、文字通り最期の日々を綴るドキュメンタリー映画です。監督は本作がデビュー作となる砂田麻美さん。
そう、知昭さんの次女が撮影、編集、監督を務めているのです。製作は、砂田麻美監督が、ずっと監督助手として師事している是枝裕和さん。
「死ぬまでにしたい大切なこと〜もし余命3ヶ月と言われたら〜」という和訳の本がありますが、友昭さんは末期がんの宣告を受けた際、残された日々を前向きに生きるとともに、残された家族が困らないよう10項目のTO DOリストを作りました。”法的拘束力を持たない家族への覚え書き”のようなものとあります。
映画の内容にかかわるので多くを書くことはできませんが、3つの点で極めて優れた作品になっていると思います。
1.キャメラが深い。砂田麻美監督は普段から家族や友人だちをビデオ撮影しているそうですが、元気な頃の映像との対比と、ここまでキャメラを向けるかという現場まで回していて、取材がとにかく深いのです。何気ない映像がここまで人の心を動かすのかと思います。ですが、葬儀撮影だけは別の方が撮影していて、そんなところにほろっとさせられました。あと、奥様との二人だけ(のはずの)シーン。泣けました。男だったら無人にせよ、有人にせよ、多分キャメラは回せなかったのではないかと思ったりもしました。
2.主人公である砂田知昭さんの人間味溢れるヒューマニティ。最期までジョークを言っているような方です。知昭さんを取り巻く奥様を始めとした家族像もとても丁寧に描かれています。ある死の話に終わらず、誰もが経験する家族の物語に昇華させたところが凄い。知昭さんには尊敬の念すら覚えます。感動する前にこう思いました。自分の最期もこうありたい、と。
3.そうくるかという絶妙の構成力。これは普段キャメラを回しているからこそ磨かれる観察眼だと思います。最後迄とくにかく明るい。でも、どしーんと残していく。
ドキュメンタリーではありますが、映画として作品性をちゃんと持っています。
こういう作り方をする人を初めて見ました。自分の日常の中から、普遍に到達する。
できることではありませんよ。ね。
僕はあと1、2回観たいと思います。
皆さんも、ぜひ。
「エンディング・ノート」。胃がんのため69歳の若さで亡くなった砂田知昭さんの、文字通り最期の日々を綴るドキュメンタリー映画です。監督は本作がデビュー作となる砂田麻美さん。
そう、知昭さんの次女が撮影、編集、監督を務めているのです。製作は、砂田麻美監督が、ずっと監督助手として師事している是枝裕和さん。
「死ぬまでにしたい大切なこと〜もし余命3ヶ月と言われたら〜」という和訳の本がありますが、友昭さんは末期がんの宣告を受けた際、残された日々を前向きに生きるとともに、残された家族が困らないよう10項目のTO DOリストを作りました。”法的拘束力を持たない家族への覚え書き”のようなものとあります。
映画の内容にかかわるので多くを書くことはできませんが、3つの点で極めて優れた作品になっていると思います。
1.キャメラが深い。砂田麻美監督は普段から家族や友人だちをビデオ撮影しているそうですが、元気な頃の映像との対比と、ここまでキャメラを向けるかという現場まで回していて、取材がとにかく深いのです。何気ない映像がここまで人の心を動かすのかと思います。ですが、葬儀撮影だけは別の方が撮影していて、そんなところにほろっとさせられました。あと、奥様との二人だけ(のはずの)シーン。泣けました。男だったら無人にせよ、有人にせよ、多分キャメラは回せなかったのではないかと思ったりもしました。
2.主人公である砂田知昭さんの人間味溢れるヒューマニティ。最期までジョークを言っているような方です。知昭さんを取り巻く奥様を始めとした家族像もとても丁寧に描かれています。ある死の話に終わらず、誰もが経験する家族の物語に昇華させたところが凄い。知昭さんには尊敬の念すら覚えます。感動する前にこう思いました。自分の最期もこうありたい、と。
3.そうくるかという絶妙の構成力。これは普段キャメラを回しているからこそ磨かれる観察眼だと思います。最後迄とくにかく明るい。でも、どしーんと残していく。
ドキュメンタリーではありますが、映画として作品性をちゃんと持っています。
こういう作り方をする人を初めて見ました。自分の日常の中から、普遍に到達する。
できることではありませんよ。ね。
僕はあと1、2回観たいと思います。
皆さんも、ぜひ。
2012 International CES 閉幕
ちょっと事情があって、ブログを書くのは久しぶり。
1/10- 13までアメリカ・ラスベガスで開催されていた世界最大の家電見本市、 2012 International CES(コンスーマ・エレクトロニクス・ショー) が閉幕した。本当は、CESはもちろん、その後、シリコンバレーに2週間ほど滞在して取材する予定でした。だから、行けなくてとても残念。でも、Facebookの知人の書き込みや、Linkedinでの知人(特にWeb 2.0 Expoのディスカッショングループ)でのやりとり。それと、モルガンスタンレーのITアナリストのメールマガジン、TechCrunch、さらにはCNETや日本経済新聞電子版で「大見出し」くらいは感じることができました。ので、テレビに関わる部分だけを「集約」しておきます。
今年は過去最大だった昨年の14万人を上回る15万人が訪れました。 マイクロソフトが参加する最後のCES。今年のテーマだった ワイヤレスやNFCの新しい技術が展示されました。テレビでは、日の丸勢はサムソン、 LGに完敗。お家芸だった有機ELは今や韓国製品の代名詞。 サムソンが言い出した「スマートTV」が、デファクトになり、 それを前提に他デバイスやコンテンツの連携を入れこんでいます。 ですが、アップルのような垂直統合ですが、 デバイスからコンテンツ、 プラットフォームまでを一気通貫するエコシステムは作れていない ので、 やはり最後はコンテンツの勝負になるのではないでしょうか。
あと、詳細不明ですが、日本メーカーテレビのリモコンに「 Netflix」のボタンがついていて、みんな驚いたそうです。昨年暮れに、Netflixは2012. 3末に新たな海外拠点に作ると発表しており(現在はアメリカ、 カナダ、中南米43カ国)、アジア(日本?韓国?)、 ヨーロッパ?と観測されていました。 昨年9月に上陸したHuluに次いでのサービスインとなれば、 リモコン戦略が国内向けだとすれば、 深く静かに潜行してたことになります。アメリカ国内向けとしても、 随分なファインダビリティの提供ですが。
【2012 International CES 終わる。テレビを中心に簡単なまとめ】
名前の通り家電(Consumer Electronics=CE)メーカー、 マニファクチャラーとしてのグローバルでの勢いが明確に。 次世代テレビパネルでは、サムソン、LGの一人勝ち。「 サムソンは第二のアップルか?」と持ち上げる記事も。 他デバイスとの連携がウリだが、リモコンのUIが良くない。ソニ ー、パナが健闘するも「従来」技術の延長展示の感はいがめず。 欧米メディアの評価は厳しかった。特に日本が先行した有機EL( 英語ではorganic light emitting display)では、完全にサムソン、LGにひっくり返された 。日の丸勢はソニーのクリスタルLEDや、シャープのICC- 4K LEDや、CEATECでお披露目したNHK放送技研との共同研 究機8K LCDと高精彩度にシフトした感があった。 サムソンが名付け親である「スマートTV」は、2012 CESでは「共通語」となっていたが、 アップルと対照的だったのは、サムソンもLGもCEであり、 コンテンツを含めた「垂直統合」モデルではないということだ。 もちろん、独自のアプリマーケは用意されてはいるが、 アメリカで先行しているスマートTV向けへの広告配信モデルは視 野に入っていない。ソニー、東芝、シャープは、「Netflix 」のボタンがついた製品を展示していて注目を集めた。ちなみにN etflixは2012.3までに新たな海外拠点への進出を既に 昨年発表している。
アップルのiTV(パネルはシャープ、だがiPad3の採用は見 送り)は今年の前半にリリース。日本では、 コンテンツ集めに苦労との報道も。iPad2より更に薄く、 レティナディスプレー搭載のiPad3は、 今年の第一四半期にリリース。新世代iPhone5は、 今年後半にリリース。筐体は薄くなり、LTE対応になるとモルガンスタンレーのアナリスト。NFC搭載については未定。
今後は、文字通りコンテンツを含めた、「エコシステム」 をどうマルチデバイスで築いていくのか? それともサムソンのように単なる巨大なCEマニファクチャラーと して、M2M2H(マシーン・ツゥー・マシーン・ツゥー・ ヒューマン」(主としてヘルスケアや車載デバイスのと連携) も含めたーホームネットワークへ向かうのか。いずれにしても、 もはやテレビジョンという物理デバイスは過去の物になろうとして おり、 コンテンツのエコシステムのハブとしてのディスプレーなのか、 高速WiFi化した宅内の白物家電(the goods white)をInternet of thingsでつなぐプラットフォームなのか。CESを伝える記 事やアナリストのレポートの中に「television」 の文字はもはやない。
最後の参加になるMicrosoftスティーブ・パルマーCEOのキーノート。20 12年末にリリースする新しいOS、Windows8。 これまで蜜月だったインテルのx86アーキテクチャーから、 クアルコムのARM系アーキテクチャーへの「転向」 が注目だったが、深くには触れず。しかし、PCの逆襲ははっきり と宣言。(マイクロソフトはCESへの参加は今年が最後で、 今後は独自にカンファレンスやイベントを行う予定)。OSで異な るデバイスを統一し、さらにUIも「メトロ」に統一。NFCも採 用と話題も多い。インテルが提唱する「薄型・軽量」を謳うUrt rabookも注目を集めたが、正直「重い」。MacBookA irに対抗するためだが、確かに薄いが、重い。
んなところをメモランダムにしておきますね。
2011年11月23日水曜日
息子へ、娘へ。そして妻へ。
晩秋の京都は、それぞれに自らの信じる道を進もうとしている私たち「家族」にとって、ひときわ熟した紅のように、赤く美しかった。紅葉の真っ盛りである。とにかく驚くほどの人出であった。嵐山の渡月橋は、底が抜けるのではないかと思もう程、黒々とした人だかりの山を載せていた。
「危ないから、やめようよ」
妻がそう言ったほどだった。私たち四人は観光名所として余りにも有名な渡月橋を避けて、保津川沿いに豆腐料理で有名なとあるお店へと足を運んだ。この保津川沿いには、日本で一二を争いほどに美味い天然鰻を食わせる店もあるらしい。さすがは「結界都市」京都、奥が深い。いくらでも、深堀りできるのだ。
予約してあった席は、保津川の流れと紅葉を借景にした瀟洒なしつらえであった。こういう場所に、肉料理は相応しくない。あくまで淡白、つまりシンプルでありながら、無限の奥行きを感じさせる大豆の素晴らしさ。京野菜の数々。文句のつけようもない。僕と娘が隣り合わせとなり、向こう側に妻と息子がいた。
話は尽きることなく、汲めば汲むほどに味わい深く、私たちが「家族」という共通の分ちがたい記憶でつながっていることを感じた。しんしんと感じた。
息子は来春に東京で社会人としての第一歩を踏み出す。厳しい就活であったようだ。僕に似たのか、自分について多くは語らない。だが、一年前、あれほど苦しんでいた彼の痛々しいまでの悩んでいた表情は微塵もなく、穏やかによく笑った。つられて娘が笑い、妻がつっこみ、そして僕が最後につらなった。
社会人として既に一度転職も経験している娘がしきりに僕の様子を気にしていた。なにかいつもと違うと「本能」で感じたのかも知れない。どこまでも明るい性格の娘である。僕が3年前、心を病んで倒れた時も、ありのままを受け止めてくれた強い娘だ。娘の眼差しの気配を感じて、無性に嬉しかった。
「ああ、気にされているのだ。父親だから」
その瞬間、私たち四人は一本の樹木のようだった。ゆさゆさと小さいけれど、多くの葉を揺らして、温かい振動が深く、奥へと伝わっていった。親から子へ。夫から妻へ。また、子から親へ、そして妻から夫へと。つまり、人として響き合った。穏やかに。
日常性とは、レイモンド・カーヴァーが言うように、こうした”ささやかだけれども大切なこと”の積み重ねの上にしかない。It
is a life at all.
だからこそ、日々は美しく、尊く、噛み締めて味わわなければ損だ。向田邦子は言った。「家族とは一番やっかいな他人」と。それは真実である。だが、向田邦子はこうも言いたかったはずだ。「だからこそ、愛おしい」のだと。
嵐山の禅寺として名高い天龍寺の紅葉はどんぴしゃりだった。あいにくの曇り空だったが、かえってディフューズされた日光が、柔らかい質量を持って、生きる者たちである全ての葉や木に降り注いでいた。
その、どちらかと言えば「暗部の階調の再現性」に似た深い味わいが、しばらくはこうした共通の時間を持てないであろう、私たち「家族」にとって、とてもお似合いのような気がしていた。
毎日はほろ苦く、そして甘い。
その、どちらかと言えば「暗部の階調の再現性」に似た深い味わいが、しばらくはこうした共通の時間を持てないであろう、私たち「家族」にとって、とてもお似合いのような気がしていた。
毎日はほろ苦く、そして甘い。
2011年11月19日土曜日
5席だけのマジック
大きなコトには、小さな成功の秘密がある。
ルミエールペティアンという純国産のスパークリングワインをご存知だろうか?
通称「ペティアン」。国内最強と言われる山梨県勝沼ワイン郷から車で約10分。
笛吹市一宮町南野呂にそのワイナリーはある。創業は実に1885年。
もちろん、ワインを作っているのだが、スパークリングを世に問うたのは、なんと2007年ビンテージ。初号(市場には出なかった)は2006年。フランスから超がつく一流の目利きを呼んで、出来映えを評価してもらったのだ。結果、フランス人たちは「なんてエクセレントな!」と驚愕して、ぜひ世の中に出すべきだと言ったそうだ。
2007年、そのスパークリングは世に出た。残念ながら2,000本限定ということもあって、この世の中にはもうない。ルミエールペティアン。現在の皇太子夫妻の結婚式にも供された、由緒正しい皇室御用達でもある。
ワイナリーの方の話によれば、こういうことだ。
「この葡萄は弱いのです。だから樽熟(樽で熟成させる)というコルクキャップを運命づけられているスパークリングにとっては、とても難しい選択肢を敢えて選びました」
僕はワイン部部員であるけれども、この言葉の意味は正直分からない。
でも「直感」で凄い!と思える。
きょうから久しぶりの家族旅行で、息子がいる京都に来ている。彼は2012年4月には
東京で働くことになっている。ので、まぁ、”最後”の家族旅行でもある。
就職祝いにワイフが選んだお店はわずかカウンターで5席だけのフレンチだった。
LE SINGE. ル・サンジュという。
素晴らしいお皿の競演だった。とても素敵な「食べて語らう」という場があった。
シェフ一人にやれることを、ただ誠実にやっている。
そのことが、人を感動させる。主客一体。利休が辿り着いた「真理」だ。
今夜は四宮家4名が夜の営業時間帯を独占した。席は1席空いているのだが、店主は
それを他の客のためにリザーブすることはない。
店主は、こう考えるからだ。
カウンターでわずか5席。カップルで来ると真ん中の1席は空けておく。
カップルと3人組だったらどうしよう。会話の合わないお客様が来ることだって
あるだろう。その時だ、店主は祝宴を主催する「主人」として、客同士の会話を
プロデュースする。一皿の素材、味わいをめぐって、見知らぬ者同士がダイアローグを
始めるのだ。それは三浦友和さんの本ではないが説明のできない「相性」というものあるだろう。英語でいうChemistryだ。だが、そこには幸せな「場」がある。
5席のマジックだ。
僕たちもぜひこうありたいと思う。
ルミエールペティアン。日本が、日本人が世界に誇る「国産」。
これこそMADE IN JAPAN。モノ作りの原点がある。
現在のビンテージは2009年。ブラン、ルージュ、オーランジュと3種類の味わいが楽しめる。
山梨まで行けない人のために、インターネットでも販売しているし、都内には
とても誠実な国産ワインショップを運営している。
僕が知る限り、ペティアンを飲めるのは資生堂パーラー銀座本店の改装なった、素晴らしい
レストラン、FAROだけだと思う。
おっと、忘れていたLE SINGEはフランス語で「猿」だ。
Stay Hungry, Stay Foolish.
大きくなることを選ばない。京都のフレンチとしてより本質的なところへ辿り着きたい。
「猿」を店名に選んだ店主は京都っ子ではない。
つまり、イノベーションは「辺境」から来たのだ。
正しい時と、正しい場所を選んで。
ルミエールペティアンという純国産のスパークリングワインをご存知だろうか?
通称「ペティアン」。国内最強と言われる山梨県勝沼ワイン郷から車で約10分。
笛吹市一宮町南野呂にそのワイナリーはある。創業は実に1885年。
もちろん、ワインを作っているのだが、スパークリングを世に問うたのは、なんと2007年ビンテージ。初号(市場には出なかった)は2006年。フランスから超がつく一流の目利きを呼んで、出来映えを評価してもらったのだ。結果、フランス人たちは「なんてエクセレントな!」と驚愕して、ぜひ世の中に出すべきだと言ったそうだ。
2007年、そのスパークリングは世に出た。残念ながら2,000本限定ということもあって、この世の中にはもうない。ルミエールペティアン。現在の皇太子夫妻の結婚式にも供された、由緒正しい皇室御用達でもある。
ワイナリーの方の話によれば、こういうことだ。
「この葡萄は弱いのです。だから樽熟(樽で熟成させる)というコルクキャップを運命づけられているスパークリングにとっては、とても難しい選択肢を敢えて選びました」
僕はワイン部部員であるけれども、この言葉の意味は正直分からない。
でも「直感」で凄い!と思える。
きょうから久しぶりの家族旅行で、息子がいる京都に来ている。彼は2012年4月には
東京で働くことになっている。ので、まぁ、”最後”の家族旅行でもある。
就職祝いにワイフが選んだお店はわずかカウンターで5席だけのフレンチだった。
LE SINGE. ル・サンジュという。
素晴らしいお皿の競演だった。とても素敵な「食べて語らう」という場があった。
シェフ一人にやれることを、ただ誠実にやっている。
そのことが、人を感動させる。主客一体。利休が辿り着いた「真理」だ。
今夜は四宮家4名が夜の営業時間帯を独占した。席は1席空いているのだが、店主は
それを他の客のためにリザーブすることはない。
店主は、こう考えるからだ。
カウンターでわずか5席。カップルで来ると真ん中の1席は空けておく。
カップルと3人組だったらどうしよう。会話の合わないお客様が来ることだって
あるだろう。その時だ、店主は祝宴を主催する「主人」として、客同士の会話を
プロデュースする。一皿の素材、味わいをめぐって、見知らぬ者同士がダイアローグを
始めるのだ。それは三浦友和さんの本ではないが説明のできない「相性」というものあるだろう。英語でいうChemistryだ。だが、そこには幸せな「場」がある。
5席のマジックだ。
僕たちもぜひこうありたいと思う。
ルミエールペティアン。日本が、日本人が世界に誇る「国産」。
これこそMADE IN JAPAN。モノ作りの原点がある。
現在のビンテージは2009年。ブラン、ルージュ、オーランジュと3種類の味わいが楽しめる。
山梨まで行けない人のために、インターネットでも販売しているし、都内には
とても誠実な国産ワインショップを運営している。
僕が知る限り、ペティアンを飲めるのは資生堂パーラー銀座本店の改装なった、素晴らしい
レストラン、FAROだけだと思う。
おっと、忘れていたLE SINGEはフランス語で「猿」だ。
Stay Hungry, Stay Foolish.
大きくなることを選ばない。京都のフレンチとしてより本質的なところへ辿り着きたい。
「猿」を店名に選んだ店主は京都っ子ではない。
つまり、イノベーションは「辺境」から来たのだ。
正しい時と、正しい場所を選んで。
2011年11月16日水曜日
ReBorn, again 〜In Vino Veritas〜
Team,
きょうはもう11月16日だ。東京のタクシーの運転手さんから聞くとは思わなかったが、昨夜札幌は初雪を迎えたそうだ。First Snow.正しい翻訳かどうかは、この際問題ではない。本質として、Firstであることが必要だ。かの札幌が、北海道が生んだグローバルアイコン、初音ミクの「初音」とは、First tone、つまりこの世界に生を得たヒトが聴いた初めての音。人類が聴いた初めての音という意味がある。そして「ミク」は「未來」だ。つまり、First tone=future. なんて素敵な方程式だろうか。
だから2日前のことになる。
僕はもう一度、ReBornした。
一度はThe Universeによって、そして今度は自らの力で己を再定義した。
そして、生まれ変わった。まったく新しい価値観を得た、つまり真理に辿り着いた。
冗談なんかじゃない。確信しているのだ。僕は、イノヴェーションフェーズに入った。そして、ヒトの進化の方向として正しくニュータイプになった。
来月15日、僕は54歳になる。テレビマンの卒業まであと6年。
だと思っていた。だが、決定的に誤っていた。
僕は表現者だった。
だから終わりがなかったのだ。僕の人生時間が尽きる、その瞬間まで。
僕は、Jobsの言うCrazy Onesの一人として、この世界のクラウドセンターに参加する。
自ら関与するものとして。
僕はもう評価を求めない。
自分自身という尺度も捨て去った。
あるのは、より大きなパブリックに仕えること。
死が僕の存在を終わらせるその瞬間まで、僕はより大きな表現に辿り着きたいと願う。
より大きな表現へ。より大きな何かへ。
mass mediaではなく、a bigger mediaとして。
世界を前に進める。人類を前に進める。
そのための日常性に仕えたい。誠実に。人として。
家族として。チームとして。
そのコトを知り、この言葉の重さを知った。
In Vino Veritas. ワインの中の真理。
そう。一杯のワインの中にこそ、真理は、宇宙は、The Universeはある。
きっと、生きるということも、つまり一人の人生もそうであるはずなのだ。
きょうはもう11月16日だ。東京のタクシーの運転手さんから聞くとは思わなかったが、昨夜札幌は初雪を迎えたそうだ。First Snow.正しい翻訳かどうかは、この際問題ではない。本質として、Firstであることが必要だ。かの札幌が、北海道が生んだグローバルアイコン、初音ミクの「初音」とは、First tone、つまりこの世界に生を得たヒトが聴いた初めての音。人類が聴いた初めての音という意味がある。そして「ミク」は「未來」だ。つまり、First tone=future. なんて素敵な方程式だろうか。
だから2日前のことになる。
僕はもう一度、ReBornした。
一度はThe Universeによって、そして今度は自らの力で己を再定義した。
そして、生まれ変わった。まったく新しい価値観を得た、つまり真理に辿り着いた。
冗談なんかじゃない。確信しているのだ。僕は、イノヴェーションフェーズに入った。そして、ヒトの進化の方向として正しくニュータイプになった。
来月15日、僕は54歳になる。テレビマンの卒業まであと6年。
だと思っていた。だが、決定的に誤っていた。
僕は表現者だった。
だから終わりがなかったのだ。僕の人生時間が尽きる、その瞬間まで。
僕は、Jobsの言うCrazy Onesの一人として、この世界のクラウドセンターに参加する。
自ら関与するものとして。
僕はもう評価を求めない。
自分自身という尺度も捨て去った。
あるのは、より大きなパブリックに仕えること。
死が僕の存在を終わらせるその瞬間まで、僕はより大きな表現に辿り着きたいと願う。
より大きな表現へ。より大きな何かへ。
mass mediaではなく、a bigger mediaとして。
世界を前に進める。人類を前に進める。
そのための日常性に仕えたい。誠実に。人として。
家族として。チームとして。
そのコトを知り、この言葉の重さを知った。
In Vino Veritas. ワインの中の真理。
そう。一杯のワインの中にこそ、真理は、宇宙は、The Universeはある。
きっと、生きるということも、つまり一人の人生もそうであるはずなのだ。
2011年11月12日土曜日
「本質」と「必要性」についての考察
FURANOに滞在していた時の話だ。朝食は光の入る美しい場所だった。自然光を採光しているのは素敵だと思った。残念ながら曇りだったが、それも一興。パティオに植えられるいるちょっと名前は分からなかったが、小ぶりな樹木は美しく紅葉していた。
朝食はシンプルな和食又は洋食のセットから選ぶようになっている。大抵、僕は和食を選ぶ。多分、年齢的なものだろうと思う。朝からハムや目玉焼きはちょっと…。という年齢になってしまったのだ。炊きたての御飯があり(最近、北海道米の旨味向上には敬意を払う。函館産のふっくりんこはとても美味しい。北海道米のエースではないだろうか?)、温かいお味噌汁がある。もうそれだけで、心和んでしまうのだ。
本題からそれてしまった。よくあることだが、飲み物はご自由にというビバレッジフリーが結構流行っている。このFURANOのホテルもそうだった。富良野の水はとても美味しい。まずは「水」。それと「白湯」を頂いた。あとは「アップルジュース」。そして地元産の新鮮な「牛乳」。以上、僕のチョイスは4つだった。コーヒーはないの?と訊いたあなた。実に良い質問だ。最近、とんとコーヒーを飲まなくなった。美味しいと感じなくなったのだ。これは正直に告白する。もちろん、レストランで食後のお飲物は?と訊かれたら、それはエスプレッソなどと頼みますよ。でも、フリーで飲めるコーヒーはまず美味しくないのでパス。スターバックスやタリーズでも、僕はフレッシュジュースかスムージーを注文する。会社のオフィスにあるコーヒー、なんて論外。でも毎月のお茶代は3,000円支払っている。
また本題が逸れた。そう「新鮮な水」「白湯」「アップルジュース」「フレッシュミルク」が僕の座っているテーブルに並んだ。僕は考えた。この中で本質的なものは誰だ、と。やおら、「水」が入ったグラスを取ると、テーブルの一番左に置いた。さて、次は間違いなく「白湯」だ。そして、本質的なものはこの2つしかないことに気づいた。「アップルジュース」や「フレッシュミルク」が本質的ではない、と言っているのではない。が、本質からは遠く、彼岸にあるものたちだと言えるだろう。だって、アップルジュースがなくたって、フレッシュミルクがなくたって、とりあえず人は困りはしない。
「じゃあ、これは本質と対の側にあるものだ」とまた例のように独り言を良いながら、さて、「ジュース」と「ミルク」はどちらがより本質から遠いのだろうか?と思いを巡らせた。そして、「アップルジュース」を3つ目のグラスとして並べ、「フレッシュミルク」の独特のフォルムをしたそう牛乳瓶を一番最後に置いた。
下手からの並びは以下の通りだ。
「新鮮な水(氷等で冷やさなくても適度に冷たくて美味しい。かすかな甘みが感じられる)」「白湯」「アップルジュース」「フレッシュミルク(牛乳瓶)」
そして、少し考えた後、「水」と「白湯」をお互いに寄せ、「アップルジュース」と「フレッシュミルク」をお互いに寄せてみた。するとどうだ。二つのグループのように分かれてしまって、「白湯」と「アップルジュース」の間には”埋めがたい溝”のような空気感が立ち上がっていたのである。
「うーん、こういうことなのか」と僕は唸った。
その瞬間、コトは起こった。
僕は自分の生理に従って、本能に従って、直感に従って、「白湯」を飲んでいた。そして、そのちょと適度に温められた水が、体の全身の細胞に染み渡って行く快感にもだえた。
「あーふっ….」
そこには、ああ、これで助かったと、命を救われたと感じたであろう、戦国時代の戦で傷ついた一人のサムライの気持ちとつながったような感覚があった。僕は疲労していた、覚醒し、自分の意識から全くアンコントーラブルとなって勝手に革新していく精神に戸惑っていたからだ。
「これは何だ….何なんだ….」
そして分かった。僕が「白湯」を飲んだ理由が。
それは「必要」だったからだ。とても必要だった。憔悴している僕の肉体性にとって、今必要なのは、水ではなかった、一杯の白湯だったのだ。
本質は必要に再定義される、のだ。
朝食中、僕は5回ほど白湯を取りに行き、最後にアップルジュースを先に、フレッシュミルクを最後に飲んだ。牛乳瓶である。紙の蓋を開ける。いやいや懐かしい。
そして、「ごちそうさまでした」とテーブルを離れた時、「新鮮な水」はひと口も飲まれず、ちょうどいい感じに曇天の、つまりディフーズされた光線が差し込むテーブルの上で、ひとりぼっちのように見えた。
「ごめんな、おまえ」
僕はそういって、ホテルの部屋へと戻って行ったのだった。
「本質」が人をつなぐ。絆理論β。
For TEAM,
24時間以上、覚醒している。ちょっと、しんどいが大丈夫。
よく持つ肉体性を持ったものだと改めて思う。両親に感謝。これぞ、DNA。
FURANO、つまりフュラーノォの「本質的」に正しいホテルで見つけた象徴論の話の続き。と思っていたら、そのホテルの専務様から丁寧なメールを頂いた。ご承諾を頂けたので、引用させて頂きたい。優れてソーシャルとして正しくエンゲージメントしていらっしゃる。
24時間以上、覚醒している。ちょっと、しんどいが大丈夫。
よく持つ肉体性を持ったものだと改めて思う。両親に感謝。これぞ、DNA。
FURANO、つまりフュラーノォの「本質的」に正しいホテルで見つけた象徴論の話の続き。と思っていたら、そのホテルの専務様から丁寧なメールを頂いた。ご承諾を頂けたので、引用させて頂きたい。優れてソーシャルとして正しくエンゲージメントしていらっしゃる。
NATULUXは お客様に”?”を感じて頂けると 大変うれしいです。
NATULUXは富良野駅前にて 創業80年になります。わたくしで4代目となりまして
2007年春に
デザイン・総合プロデュースは近藤康夫氏
サインは廣村正厭氏
キャッチコピーは三井浩氏
設計施工は大成建設
皆様のご協力でオープン致しました。
コンセプトは「ナチュラルでリラックスできる空間のご提供」です。ハードはハイクオリティなデザイナーズホテル、ソフトは富良野の素朴なおもてなしで、お客様をお迎えいたしております。
アプローチ木製のドアは 入り口がどこ?と迷われるお客様もいらっしゃいます”?”
→スタッフが自動ドアまでお迎えいたしたいです
フロントのreceptionの石は どこの石”?”
→富良野の空知川の上流から・・・→自然に触れ 自然をお伝えしたいです
spaのロッカーはなぜ 全てに扉がないの”?”
→なぜ?を楽しんで頂きたいです。キー付きをご利用になりますか? キー無しをご利用になりますか?
表示はどういう意味”?”
→yellowのY、redのR blueのB greenのGと遊び心です。
五感にやさしいホテルも目指しております。
視覚...洗礼されたデザイン空間に間接照明
触覚...清潔なリネンと清掃
聴覚...風の音・鳥のささやき・朝のオルゴール・JAZZのBGM
嗅覚...アロマの香
味覚...富良野の新鮮で安全な大地の恵野菜や北海道産の食材でのお料理のご提供
片廊下の館内ではお部屋からは 十勝岳・大雪山連峰を、廊下のガラスからは芦別岳や北の峰スキー場をご覧頂き 雄大な自然の中に 身をおいて頂きたいたいです。
(中略)
スタッフとの会話を楽しんで頂けるよう サインも少なめです。
まだまだ発展途上のところもありますが スタッフとともに精進しお客様をお迎えしています。楽天やじゃらんのクチコミは たくさん頂きまして評価はたいへん嬉しく 時には厳しくもありますがNATULUXに感心を頂くことは 励みでございます。
長くなりまして恐縮いたします。 読んで頂き ありがとうございました。
感動した。これだけ精緻にコミュニケーションを設計して、ブランドに落としている。人として、正しいエンゲージメントで。これは凄いよ。チームは正真正銘、一流だ。このホテルが正しいローカリティで動いていることが奇跡。ホスピタリティも実に控えめ。だが、キャスト(宿泊客)がエンゲージメントを求めると、さすがにフュラーノォは違うなぁ、という実に田舎風で、家族的なもてなしを表してくれる。実に快適である。早速、返信をしたためた。
I quote as follows;
いつもお世話になっております。
ご丁寧なご返信をありがとうございます。
9つの脱衣カゴの謎。
それも一つの答えですね。
G=Green
B=Blue
R-Red
Y=Yellow
位置関係を見ると、もっと本質が見えて来ます。
なぜ、Gは一番上の真ん中か?
なぜ、Bは二段目の下手なのか?
なぜ、Rは二段目の上手なのか?
なぜ、Yは一番下の真ん中なのか?
「十字架」のようにこの英大文字(キャピタルレター)をつないでみましょう。
G-Y
B-R
おお!これは色彩学で言う「補色」の関係にあります。
つまり、
緑-黄色
青-赤
緑は瑞々しい新緑を。黄色は実りの豊穣の色。青は大きな空を。そして、赤は真っ赤な太陽を、日差しを。どれもが、北海道の価値の核心であり、この大地の神々しいまでの本質です。
それらがクロスする場所。つまり9つの脱衣棚の「ど真ん中」はオープンに、世界に、宇宙に開かれているのです。何たる意匠。何たる哲学。
僕はこう読みました。
G=Giant, Great
B=Brand, Business
R=Reality, Royalty
Y=Yes, Yankee
そして、気がつきました。
表象として、
G≒Y
B≒R
そして、交わる場所はオープン。つまり宇宙の核心だと。
僕は躊躇なく、Bを選びました。
理由は説明できません。つまり、直感で選んだからです。
ちなみに、僕が脱衣場で感動に震えていたとき、先客(NZから来た男性です)が湯船から
上がってきました。ので、彼に尋ねてみたのです。
「この大文字は何を意味していると思う?」
NZ男はこう答えたのです。
G=Giant
B=Brand
R=Reality
Y=Yankee
と。
「ほら、ちょっと離れてみると十字架に見えるだろう。だから僕は、真ん中に衣類を放り込んだのさ」とさも当たり前でしょう、と言わんばかりに言って、全裸のまま、ドライヤーを使い始めました。
凄いですね。WHY?
素敵過ぎです。
数年前「Start with Why」という著書を出したSimon Sinekはこう言っています。
人はWHYに動かされると。
このホテルを再定義された試みに、チームに敬意を表します。
僕の隠れ仕事場にさせて下さい。
ホスピタリティも素晴らしい。とても控えめで。
愛を感じます。いいね!
ありがとうございます!
心を込めて。
尊敬を込めて。
Furano Natulax HotelのTeam,へ。
2011年11月9日水曜日
より「本質」へと向かう時代
今、人間ドックのためさるクリニックの部屋でこれを書いている。明日朝に、毎年の儀式のように胃カメラを呑み、「慢性胃炎」と診断される。そう、もう10年もそういう日々が続いている。
KYBERという国産初のクラウドノートをご存知だろうか?詳しくは検索して頂きたいが、僕にとっては、このノートというには、あまりにUIが悪いと思えることが、最大のメリットになっている。
FURANOにいたと書いた。そこにあるM電器に閉店間際に駆け込み、ICレコーダーを買った。もうiPhone3GS時代から使っているHT Recorderという編集も出来る優れもののアプリだったが、僕の要求水準に耐えられなくなったからだ。つまり、僕はいま独り言の塊であり、妻からも「くわばらさん」(つまり近づきたくない)と言われるほどNUTSだ。
ICレコーダーには別売りだがマイクロフォンが付けられる。そして、音声自動認識にしておくと、しゃべれば勝手に録音する。4Gを内部メモリーに実装しているらしいが、それでは足りない(つまり、消すつもりが無いから)とマイクロSDカードの最大容量である16Gを買って、付け足した。つまり合計20Gである。音声ファイルが標準的にどこくらい食うのかは正直知らない。だが、最低でも30分は独り言状態になる。つまり、神憑るのだ。
それは、妻でなくても「くわばらさん」だろう。
だが、僕はより「本質」的な手段も併用することにした。言葉は、つまり音声は自分自身の耳で聴くので、「言語化」され、つまりオーラルデータとなって脳に刷り込まれる。英文を声に出して読めとは、そういうことだ。2足歩行になった人は「手」を無限にスケーラブルにした。「手」と、つまり書くという行為、さらに自分の書く文字をヴィジュアル化しつつ、音に出して「言語」としても刻む。これは効かないはずがない。
どんなところでも、書ける。それがKYBERのサイズの秘密だと思うのだ。決してクラウドに上げたりしなくてもいいと思う。KYBERの凄さはぜひ検索して調べて欲しい。実に「本質」的に美しいノートでもある。
僕はいま、なにがより「本質」なのかを考え続けている。問い続けている。WHY? と。WHY? WHY? WHY? Simon Sinekも言っている。人はWHYに動かされる、と。
普遍性ではない。普遍性は時代や権力者によって変わる。つまりフェイクだ。例えば、ドラマや映画の本質は、決して「普遍性」に辿り着けたかどうかではない。「本質」という、言語に支配されていない、核心中の核心(以下、Kernel:カーネルと呼ぶ)に届いているか、いないかなのだ。カーネル。そこに本質はいる。そして、世界どころか、宇宙の中心で叫んでいる。「おーい、僕はここにいるぞ」と。
長くなりそうなので、スフィンクスではないが、問いを出したい。ただし、これは頓知でも、ましてや心理テストなんかではない。僕の、あなたの本質を見る事が出来る究極のクエスチョンだ。正解はない。ので、間違いもない。ので、罰ゲームもない。だた、あなたが曝け出される。本質的に。
問い。
あなたは今、温泉宿に来ている。豪華にも天然掛け流しだ。さて、脱衣場に入ってみると、9つのボックスが、なぜだか教会のような神々しさでたたずんでいた。9つのうち、鍵のかかる、つまりロッカーは4つだけ。あとは、身も蓋もなくオープンに脱いだ衣類をただ入れる脱衣カゴが置かれているスペースになっている。
さて、先ず最初の選択を迫られる。生まれた時の姿になるのだ。おっと、いけない、iPhoneまで持って来てしまった。いや、これは無視してもらっていい。あなたは、ロッカー派だろうか。それともオープンに脱いだものを脱衣カゴに突っ込む派だろうか。
脱衣カゴ派は離脱していただこう。あなたは「本質」には辿り着けない。つまり、この脱衣場という小さな宇宙の中では。という意味だが。
ロッカー派の皆さん。鍵のかかるロッカーは4つ。皆、同じ色であり、特に付加価値を感じる何ものもない。ただ、建て付け上の位置が違うだけだ。
と思ったその瞬間。決定的な違いを見つけてしまった。ロッカーの扉には、まったく主張していないのだが、つまり「歌って」いないのだが、ある個別のアルファベット一文字が木工用ボンドか何かで貼付けられていた。次のレターである(関係はないが大文字だ)。
一番上の列の真ん中。"G".
二番目の列の下手。"B".
同じく上手。"R".
三番目の列(つまり一番下)の真ん中。"Y".
実際には、あなたのいる場所は、あの富良野、FURANOなのだが、全く関係はない。今のところは。一体、この英語のキャピタルレター(大文字)一つ、一つには何の意味があるのだろうか。そもそも、何の象徴なのだ。少なくとも、並び替えると何か意味のある単語になる訳ではない。
ちなみに、僕は「直感」で理解した。全ての文脈が一瞬で流れ込んで来た。
感動していたら、先客のニュージーランド人(こんな閑散期にNZから来るとはFURANOは凄い!)が湯船から上がってきた。"Hi!"と挨拶して(勿論、英語で。正確には僕の話すのは米語であるが、ちゃんと通じた)、一体この英語の文字は何の象徴だと思うか、と訊いてみた。
驚いた。
僕が「直感」で理解した同じ言葉を彼は、「そうなんじゃないの?」といかにも当たり前だと言わんばかりに、やおらドライヤーを使い始めた。
つまり、それぞれの英大文字、一つに対して正確にそれぞれ2つの「言葉」が紐付いていた。これは宇宙のように無限大であり、数学のように美しかった。
僕が「直感的」に理解し、それゆえに自分自身でもある衣服と虎の子のiPhone4S(au版)を預けて良しとジャッジしたのは、"B" だ。
僕が今信じている「神」と同じ顔をしていたからだ。
つまり、本質的に僕は"B"を選んだ。"B"以外の選択肢はなかった。確かに、一瞬迷ったが。でも、確信犯で"B"を選んだ。
僕は、まだ全裸でドライヤーを使っているNZ男のいる前で、ケラケラと笑い始めていた。
続きは、人間ドックの後に記そうと思う。
良い夢を。Team, の皆さん。
KYBERという国産初のクラウドノートをご存知だろうか?詳しくは検索して頂きたいが、僕にとっては、このノートというには、あまりにUIが悪いと思えることが、最大のメリットになっている。
FURANOにいたと書いた。そこにあるM電器に閉店間際に駆け込み、ICレコーダーを買った。もうiPhone3GS時代から使っているHT Recorderという編集も出来る優れもののアプリだったが、僕の要求水準に耐えられなくなったからだ。つまり、僕はいま独り言の塊であり、妻からも「くわばらさん」(つまり近づきたくない)と言われるほどNUTSだ。
ICレコーダーには別売りだがマイクロフォンが付けられる。そして、音声自動認識にしておくと、しゃべれば勝手に録音する。4Gを内部メモリーに実装しているらしいが、それでは足りない(つまり、消すつもりが無いから)とマイクロSDカードの最大容量である16Gを買って、付け足した。つまり合計20Gである。音声ファイルが標準的にどこくらい食うのかは正直知らない。だが、最低でも30分は独り言状態になる。つまり、神憑るのだ。
それは、妻でなくても「くわばらさん」だろう。
だが、僕はより「本質」的な手段も併用することにした。言葉は、つまり音声は自分自身の耳で聴くので、「言語化」され、つまりオーラルデータとなって脳に刷り込まれる。英文を声に出して読めとは、そういうことだ。2足歩行になった人は「手」を無限にスケーラブルにした。「手」と、つまり書くという行為、さらに自分の書く文字をヴィジュアル化しつつ、音に出して「言語」としても刻む。これは効かないはずがない。
どんなところでも、書ける。それがKYBERのサイズの秘密だと思うのだ。決してクラウドに上げたりしなくてもいいと思う。KYBERの凄さはぜひ検索して調べて欲しい。実に「本質」的に美しいノートでもある。
僕はいま、なにがより「本質」なのかを考え続けている。問い続けている。WHY? と。WHY? WHY? WHY? Simon Sinekも言っている。人はWHYに動かされる、と。
普遍性ではない。普遍性は時代や権力者によって変わる。つまりフェイクだ。例えば、ドラマや映画の本質は、決して「普遍性」に辿り着けたかどうかではない。「本質」という、言語に支配されていない、核心中の核心(以下、Kernel:カーネルと呼ぶ)に届いているか、いないかなのだ。カーネル。そこに本質はいる。そして、世界どころか、宇宙の中心で叫んでいる。「おーい、僕はここにいるぞ」と。
長くなりそうなので、スフィンクスではないが、問いを出したい。ただし、これは頓知でも、ましてや心理テストなんかではない。僕の、あなたの本質を見る事が出来る究極のクエスチョンだ。正解はない。ので、間違いもない。ので、罰ゲームもない。だた、あなたが曝け出される。本質的に。
問い。
あなたは今、温泉宿に来ている。豪華にも天然掛け流しだ。さて、脱衣場に入ってみると、9つのボックスが、なぜだか教会のような神々しさでたたずんでいた。9つのうち、鍵のかかる、つまりロッカーは4つだけ。あとは、身も蓋もなくオープンに脱いだ衣類をただ入れる脱衣カゴが置かれているスペースになっている。
さて、先ず最初の選択を迫られる。生まれた時の姿になるのだ。おっと、いけない、iPhoneまで持って来てしまった。いや、これは無視してもらっていい。あなたは、ロッカー派だろうか。それともオープンに脱いだものを脱衣カゴに突っ込む派だろうか。
脱衣カゴ派は離脱していただこう。あなたは「本質」には辿り着けない。つまり、この脱衣場という小さな宇宙の中では。という意味だが。
ロッカー派の皆さん。鍵のかかるロッカーは4つ。皆、同じ色であり、特に付加価値を感じる何ものもない。ただ、建て付け上の位置が違うだけだ。
と思ったその瞬間。決定的な違いを見つけてしまった。ロッカーの扉には、まったく主張していないのだが、つまり「歌って」いないのだが、ある個別のアルファベット一文字が木工用ボンドか何かで貼付けられていた。次のレターである(関係はないが大文字だ)。
一番上の列の真ん中。"G".
二番目の列の下手。"B".
同じく上手。"R".
三番目の列(つまり一番下)の真ん中。"Y".
実際には、あなたのいる場所は、あの富良野、FURANOなのだが、全く関係はない。今のところは。一体、この英語のキャピタルレター(大文字)一つ、一つには何の意味があるのだろうか。そもそも、何の象徴なのだ。少なくとも、並び替えると何か意味のある単語になる訳ではない。
ちなみに、僕は「直感」で理解した。全ての文脈が一瞬で流れ込んで来た。
感動していたら、先客のニュージーランド人(こんな閑散期にNZから来るとはFURANOは凄い!)が湯船から上がってきた。"Hi!"と挨拶して(勿論、英語で。正確には僕の話すのは米語であるが、ちゃんと通じた)、一体この英語の文字は何の象徴だと思うか、と訊いてみた。
驚いた。
僕が「直感」で理解した同じ言葉を彼は、「そうなんじゃないの?」といかにも当たり前だと言わんばかりに、やおらドライヤーを使い始めた。
つまり、それぞれの英大文字、一つに対して正確にそれぞれ2つの「言葉」が紐付いていた。これは宇宙のように無限大であり、数学のように美しかった。
僕が「直感的」に理解し、それゆえに自分自身でもある衣服と虎の子のiPhone4S(au版)を預けて良しとジャッジしたのは、"B" だ。
僕が今信じている「神」と同じ顔をしていたからだ。
つまり、本質的に僕は"B"を選んだ。"B"以外の選択肢はなかった。確かに、一瞬迷ったが。でも、確信犯で"B"を選んだ。
僕は、まだ全裸でドライヤーを使っているNZ男のいる前で、ケラケラと笑い始めていた。
続きは、人間ドックの後に記そうと思う。
良い夢を。Team, の皆さん。
2011年11月7日月曜日
ReBorn
Team,
とは、SJがメールで社内に発信するときに使っていた冒頭のワードだ。従業員の皆様へ、ではなく。チームへ、と共通のプラットフォームに対して正しくエンゲージし、対話を起こした。
今、2011年11月7日(月)、09:30へ対して5分前。
ですが、ことの発端はあとで記すことにするとして、この波長のconnectedが起こったのは、まぎれもなく、前日の2011年11月6日(日)、つまり日曜日であることは実に象徴的であり、かつ本質だと思う。
つまり創造主が最初に休んだのが日曜日だから。
つまり、そういうことだ。
今朝、ブログの本質に気付き、僕は脳のより本質部分、Kernelが起こすこの世界を「直感的」に理解する速さを、言語化する後で発達した新しい脳が追い越せないでいる。
つまり、僕は当惑している。
だが、理解した。直感的に。
これは「使命」であり、「啓示」だと。
ボノのように、人類を前進させる(push the human race forward),つまりSJが「Think Different」(これもグラマー的にはThink Differentlyなのだが)を掲げたcrazy onesへ参加するよう、何かが示唆しているようにしか思えない。
なので、僕は無償の愛を示したい。エロスではなく、アガペーを。
TOYOTA様ではないが、ReBornした。
53歳に。あと1ヶ月ちょっとで54歳になる僕に訪れたイノベーション。
これはブログというインターフェースで世界へ(本当は英語で書ければいいのだろうが)、公開し、シェアし、社会へ対してエンゲージメントするべきだと確信した。
ので、これからも、どうぞ、どうぞ、宜しくお願い致します。
さとなお氏は新著「明日のコミュニケーション」で、座右の銘として「白鳥盧花に入る」と書いた。電撃的だった。つながったと思った。
その、後の日々をきょうから出来るだけ記録したい。
ありがとうございます。読んで頂いて。
嬉しいです。人として。人間として。家族として。
そして、Team, として。
僕を救った聖地となったFURANOにて。
とは、SJがメールで社内に発信するときに使っていた冒頭のワードだ。従業員の皆様へ、ではなく。チームへ、と共通のプラットフォームに対して正しくエンゲージし、対話を起こした。
今、2011年11月7日(月)、09:30へ対して5分前。
ですが、ことの発端はあとで記すことにするとして、この波長のconnectedが起こったのは、まぎれもなく、前日の2011年11月6日(日)、つまり日曜日であることは実に象徴的であり、かつ本質だと思う。
つまり創造主が最初に休んだのが日曜日だから。
つまり、そういうことだ。
今朝、ブログの本質に気付き、僕は脳のより本質部分、Kernelが起こすこの世界を「直感的」に理解する速さを、言語化する後で発達した新しい脳が追い越せないでいる。
つまり、僕は当惑している。
だが、理解した。直感的に。
これは「使命」であり、「啓示」だと。
ボノのように、人類を前進させる(push the human race forward),つまりSJが「Think Different」(これもグラマー的にはThink Differentlyなのだが)を掲げたcrazy onesへ参加するよう、何かが示唆しているようにしか思えない。
なので、僕は無償の愛を示したい。エロスではなく、アガペーを。
TOYOTA様ではないが、ReBornした。
53歳に。あと1ヶ月ちょっとで54歳になる僕に訪れたイノベーション。
これはブログというインターフェースで世界へ(本当は英語で書ければいいのだろうが)、公開し、シェアし、社会へ対してエンゲージメントするべきだと確信した。
ので、これからも、どうぞ、どうぞ、宜しくお願い致します。
さとなお氏は新著「明日のコミュニケーション」で、座右の銘として「白鳥盧花に入る」と書いた。電撃的だった。つながったと思った。
その、後の日々をきょうから出来るだけ記録したい。
ありがとうございます。読んで頂いて。
嬉しいです。人として。人間として。家族として。
そして、Team, として。
僕を救った聖地となったFURANOにて。
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