2013年3月17日日曜日

シドニーから帰国しました

Team,

 無事、豪州(シドニー、ハミルトン島)から札幌に戻って来た。ハミルトン島での2日間のことは、とてもプライベートなことなのでここでは書かない。でも、シドニーでの計4日間の経験は、これまでにないものだった。

 ニューヨークは世界最高の街だと思うけれど、みんな成功を望み、カッティングエッジであることを尊び、どこかピリピリしている。アメリカの中のアメリカ。NYはアメリカじゃない、とまで言う人もいる。パリはどうだろう。フランス語のざわめきはとても素敵だし、歴史もあり、芸術もあり、多様なものが混在している。絵画を愛する人には何日滞在しても見飽きないだろう。食べ物もワインもとびっきり美味い。アパルトマンを借りてロングステイするのも悪くない。ロンドンは?さすがは大英帝国。博物館は一見の価値あり。まぁ、かつて簒奪の限りを尽くしたことの証でもあるのだが。天気はいただけないし、そもそも食事が良くない。マンチェスターユナイテッドの香川真司は毎日何を食べているのかと思うほどだ。今、一番刺激的な街と言われるベルリン。一度、東西統合前後に取材に行ったっきりなのだが、もう一度行ってみたいと思う。でも、毎日アイスバインを食べるのはもうこりごりだ。

 多分、3月という真夏が終わって、秋に向かう良い時期だったのだろう。ホテルの値段を見てもそれはあきらかだった。ちなみに、シドニーの後半2泊を過ごしたインターコンティネンタルだけれど、4月に入ってからの同クラスの部屋の料金は2日合計の差で見ると300豪ドルも安くなっていて驚いた。しかも、朝食付きである(別にオーダーすると45豪ドルもする!)。美術館と博物館を巡り、州立劇場で芝居を観た。あのオペラハウスでオペラを聴き、そうそう観られはしないシルヴィ・ギエムの最新作を観てスタンディングオベーションした。天才はやはりいるのだと思った。物価高ではあったが、何を食べても美味しかった。

 なによりも人々の多様性があり、穏やかに融け合っていると感じた。ちがっていることが、とてもいい。そう思える街はそうはない。2015年に芸術文化都市宣言を考えている札幌市が見習うべきものは数多くあるような気がした。札幌市民として、とてもじゃないけれども、声高に「芸術文化都市」ですと宣言すること自体が、正直馬鹿げているし、恥ずかしい。どういう物差しを当てて、僕たちはアートで、カルチャーだというつもりだろうか。Kitaraがあり、PMFがあり、シティジャズがある。活況とはまだ言えないが小劇場も元気だ。ラーメン、ビール、ジンギスカンにスープカレー。野菜にシーフード。素材に恵まれている、いや恵まれすぎていると実際に思う。日本の中では圧倒的ですらある。でも、少しシドニー帰りから見ると、やっぱり足りない。ホスピタリティはどうか。ビジネスではなく、いろいろな価値観を持った人たちをおもてなしできる文化が僕たちの中にあるだろうか。JR新千歳駅から札幌駅へ向かうエアポートライナーの中で、とまどっている特にアジアからの人たちに気軽に声をかけて、助けてあげられるだろうか。僕たちは。

 たった5日間だったけれども、英語を話す環境にいると30数年前に思いっきり刷り込まれた何かが少しだけれど、確実に目覚める。「翻訳」とという脳の回路が一瞬だけけれども、なくなるのを感じるのだ。

 あー、もっと英語が話せるようになりたい。
 
 いつも海外から帰国するとそう思うのだけれど怠惰に流される。言葉はツールだ、大切なのは何を話しているかなのだから、と勝手に自分に言い続けている。今回は、その習慣を破れるような気がしている。



2013年3月14日木曜日

テイスティングという文化

Team,

 シドニーの休暇もきょうあと一日。明日のホテルから空港へのピックアップをリコンファームしたり、少しだけお土産探しをしたり。とてもいい感じだったThe Rocksの気になっていたお店をのぞいてみることにした。その一つがWine Odyssey Australiaだ。このお店は、ワインダイニングと60種類以上のオーストラリアワインのテイスティング。そして、その隣に小粋なワインショプが軒を並べている。
 オーストラリアは言うまでもなく、ワインの一大輸出国だけれども、日本人には今ひとつ馴染みがないだろう。うろ覚えの記憶ではあるが、日本で消費される60%くらいのワインはフランスワインだ。みんなボルドーやブルゴーニュをありがたがる。札幌にも一見さんお断りのブルゴーニュワインだけを扱っているバーがあるくらい。あのイタリアワインでさえ、ある意味で苦戦を強いられているのだから、いわんや豪州ワインをやである。
 ワインの蘊蓄を語りたいのではなく、生活の中に根づいているテイスティングというワインに対するカルチャーがとても素敵だと思ったからだ。ワインを目利きしたり、日本酒では利き酒をしたりというのがあるが、基本的にはプロフェッショナルなものだし、どうみても趣味の範囲は出てはいないように思える。日本では、「昼間からアルコールなんて!」というそもそも論がまだ根強い。ようやくビールには少しは寛容になってきたかも分からないが、日本酒にはせっかくの伝統酒であるにも拘らず、どうもネガティブなイメージがつきまとっている。
 テイスティングとはこんな感じだ。カウンターで顔のついたID(豪州では飲酒は18歳から)か、観光客であればクレジットカードを受付に出す。そこでICチップのついたカードが臨時に発行される。あとはワイングラス(何種類もある)をとって、好きなワインの前に行って、「テイスティング」または、「グラス」。そして気に入れば「ボトル」と3つのボタンを押せば、あら不思議、ワインボトルからワインがチューブで吸い上がってきて、グラスを満たしていく。もちろんワインの種類にもよるけれども、グラスで5ドルであれば、テイスティングなら2ドル30セントとか、とてもリーズナブル。隣のワインショップでも、このワインはテイスティングできますよ、というポップが貼ってある。
 



テイスティングも立派な文化だと思った。もっと北海道のお酒を応援したい。小ポーションでもいいから、まずは触れてもらおうというのがテイスティングなのかも知れない。特に、ワインでは飲む人の官能に大きく委ねられているわけだし、それなら日本酒でも出来ない訳ではないだろう。一つの酒蔵だって、いくつもの醸造方法で、いくつもの種類のお酒を作っているわけだから。僕はいくつものセミヨンやピノグリージョ、シャルドネ、ピノノワール、メルロー、カベルネ、シラーズをテイスティングして、気持ちよく酔った。
とてもキュートなワインショップのスタッフに、私の大好きなワイン、と言われてStuart Olsenが作るEloquestraという小さなワナリーのShiraz/Petit Verdo (Vintage2010)を買い求めた。この地でいうところのブティックワインだそうだ。

 シドニーでずっと感じている、ダイバーシティ(多様性)を思った。田舎に行くと、昔の白豪主義を感じるアジア人も多いと思うけれど、世界は多様性こそを包容すべき時代に来ている。モノポリーな文化、文明ほど恐ろしいものはない。それは、現代史でいえばナチズムであり、文化大革命だったであろう。戦前の日本も国家色の強さで言えば、今の中国と大差はないように思える。モノポリーは文化を寡占化するといういみでシェアだったが、今は共有、共感という真の意味でシェアの時代だ。

 札幌市立大学の武邑学長の言葉を借りれば「社交化する物語」のまっただ中に私たちはいるのだから。
 

誰が葡萄の種を蒔いたのか

Team,

 シドニーから車で走る事およそ2時間半。世界的にも有名なHunter Valleyというワイナリーが広がっている。シドニーはとっても大都会だけれど、車で少し離れればまったく違う光景が広がることは北海道に似ているかもしれない。

 3月、この季節は南半球では夏である。先月はメルボルンで40℃という信じられない気温もあったそうだが、ここシドニーでも例えば昨日は29℃まで上がった。南半球に降り注ぐ陽光はUV値が高いそうだ。みんな皮膚がんを心配しているのも無理はない。

 ハンターヴァレーへ向かうコーチ、さながら多国籍チームだった。フランス人、アメリカ人、カナダ人、シンガポール人、韓国人、地元シドニーのご夫婦もいた。そしてたったひとりの日本人である僕。生で聴いてみると、クイーンズイングリッシュの豪州(しかもシドニーのそれは洗練されているだろうが)と、カナダ英語、そして米語で同じEnglishなのに全然、アクセントとか違っているし、僕にもどこどこ訛りの言葉に聴こえてくるから不思議だ。とすれば、僕も英語など、相当あやしいものに違いない。でも、言葉はスキルじゃない、伝えようとすることだ。だいたいのことは分かるけれども、テーブルに座って、みんなでおしゃべりしだすと「会話」に割り込めない。聞かれれば、答えられるという程度。それにしても、ユーモアやジョークが飛び出して、本当に文化の違いを感じる。

 このツアーは本来であれば、日本人の専用ガイドがついた日本人だけの集団になるのだろうけれど、言葉が通じるとか通じないとかは別にして、やはり多国籍の方が心地良い。ちがっているから、みんないいのだ。金子みすゞは、きっとこのことを言いたかったのだと昨日、急に腑に落ちた。

 ワイナリーと一口に言っても、海外に輸出している僕でも知っている有名なワインメーカーもあれば、1800年代から家族経営を続けているところもある。最初に行ったのは、豪州からのワイン輸出量ではナンバーワンのLindemanというワインメーカーだった。
ここでシャンパンも含めた5種類のワインをテイスティングさせて頂いた。スタッフの説明はとても丁寧で、親切だったのは、きっと多国籍軍だったからだと僕は密かに思ってしまった。さて、味わいの方だが、普段イタリアワインを愛するものとしては、今ひとつピンと来るものがなかった。大きいメーカーが必ずしもいいというのは日本でも同じ。

 二つ目に伺ったのは、ガイドブックでも出ている国際ワインコンテストで何度も優勝したことのあるマッッギャン。当主の妻だというカイリーという僕ぐらいの年のよくしゃべる方が案内役だった。「カイリー・ミノーグ、のカイリーよ。でもあっちのカイリーは私より年上だけれどね」とユーモアのセンスも抜群。なんと8種類もテイスティングさせて頂いたのだが、一番お薦めで、僕も楽しみにしていたのは2010 Personal Reserved Shiraz。フランスのコート・ド・ローヌのSyrah種が、オーストラリア固有の気候にあったらしくオーストラリアワインを代表する赤となったのが、このShirazだのだそうだ。たしかに、甘さ、酸味、タンニンともいずれもパワフルでスパイシーなじゃじゃ馬タイプ。香りも素晴しい。だけれども、僕的にはCellar Select Noon Harvest Merlotが一番美味しかった。ヴィンテージは2011年。葡萄酒もメルローと違うけれども、糖度がとても心地よい。食中であれば、こちらだろう。そうだ、Shirazはきっとチーズにぴったりなのではないだろうか?とても、とても個性的で大人の品格を感じさせてくれた。










 知り合いのソムリエールはいつもこういっている。「フランスワインには歴史があり、イタリアワインには物語がある」。至極名言だと思う。少し前まで都市国家の集まりだったイタリアの地域性や個性、さらには歴史に根ざした奥深さを僕はのみたい。しかもローマ帝国だったイタリアのワインに勝つのは中々に難しい。原住民族のアボリジニを別とすれば、少数のイギリス軍兵が数百人の囚人を連れて上陸したところから歴史が始まっている国なのだから、歴史や物語を求めても良くないのかも知れない。

 でも、誰かが葡萄の種を撒いたのだった。少し前まではカリフォルニアワインなんてと言われていたのが、オーパスワンを生み出し、クラレットは世界中で愛されている。チリワインなんかもそうだ。家族の誇りをもって経営しているマッギャン家のような人たちが、きっと世界を驚かす日がやってくるのだろう。ニュージーランドのワインも最近めきめきと力をつけたそうだ。

 みんなちがって、それでいい。

 そんなワインのような社会を僕たちは目指さなければならないのかも知れない。

 

2013年3月11日月曜日

Breathless !

Team,

 今、シドニーの滞在先のホテルロビーで書いている。昨日の朝にシドニー・キングスフォード・スミス国際空港へ到着した。首都空港ではないので、あっけなく小さい。でも、以前に食べ物はスナックと言えどもまったく持ち込めなかった(機内で出るおかき等のスナック類もだめ。カロリーメイトも没収された)経験があるので、一切フード&ドリンクは入国の際には持っていなかった。

 シドニーは空港からシティレールと呼ばれる便利な交通機関があるが、僕は実は用心深いので、駅から離れたところにあるホテルの場合は、シャトルバスなどを使って空港からホテルまで送ってもらっている。これは、メトロで怖い経験をしたことがあるからだ。いくら治安がいいと言われても、日本の感覚で考えてはいけないだろう。

 アーリーチェックインをリクエストしていた、ダーリングハーバー近くのFour Points by Sheraton Darling Harvour は、実に丁寧ですでに部屋が用意されていた上に、ハーバービューにアップグレードしてくれた。これで朝食がインクルードならば言う事ないんだけれど。

一休みして、ダーリングハーバーからフェリーで、サーキュラーキーまで行った。天気がとっても良く、空が高く青い。フェリーから眺める景色は決して日本にはないもので、シドニーのシンボルである巨大なハーバーブリッジや、世界遺産にも登録されているシドニーオペラハウスの眺めといったら、それは本当にブレスレスな美しさだった。人工物がこれほどまでに、と思うほどに。

 それは、約30分ほどのガイドツアーで明らかになる。写真撮影はNGだったが、コンサートホールの中にも案内してもらった。4,000人を呑み込むというから、満席で2008席の札幌コンサートホールKitaraよりいかに大きいか想像して頂けるだろう。ホールの高さも半端ではない。残響2.0秒。これはオペラハウスには合わないだろうと尋ねてみると、やはりシドニー交響楽団のために作られたホールとのことだった。Kitaraと同じく、大きなパイプオルガンがある。完成まで10年、調律で2年かかったそうだ。肝心のオペラハウスは、ガウディのサグラダファミリア教会のように、まだ未完成だとは知らなかった。当初予算700万ドルが、4,000万ドルになってしまったそうだが、まだ建設しているとは知らなかった。とんでもないプロジェクトだ。なので、このオペラハウスのあらゆる演目のチケットを買う時に、最初だけだが寄付が必要なのだそうだ。僕もささやかながら年間10豪ドルというドネーション会員になった。

 近くのバーでパニーニに地元のシャルドネを合わせて楽しんだ。その後、午後5時からヨハン・サザーランド・シアターで行われた「The Great Opera Hits」という、まぁオペラのいいとこ取りのプログラムを堪能した。本当に素晴しくて、お決まりのアンコールの選曲もセンスがあり、観客はスタンディングオベーションでファンタスティックな歌手たちに惜しみない拍手を送っていた。オペラハウスを出ると午後7時だったけれど、まだまだ明るい。

 これならまだ町歩きは出来るかもと、フェリーでダーリングハーバーに戻ってきたら、もう日没間際だった。ホテルのすぐ前にある、いわゆるコンビニは実に怪しく、いつ強盗に襲われてもおかしくないような毳々しいネオンライトを光らせている。もうこれは、高くてもいいから、ホテルのバーで喉を冷やすしかない。

 24時迄空いている11階にある灯りがともったハーバーを望むバーで、僕は地ビールを頼んだ。バーテンダーはとっても喜んでくれたようで、どのくらい飲むのか、と聞いて来る。こういうところはまさに英国仕込み、いやこの国は英連邦だった。ガイドブックで覚えたばかりの英語で、僕はこう答えた。

Schooner, please.

 日本で言えば中ジョッキと大ジョッキの間くらいだろうか。ホップの苦みがほどよく効いた、日本では飲んだことのない味わいが、ほどよく疲れた体に染み渡った。

シドニーはいい街だ。初日はてんこ盛りだったが無事終了。心配したワイフが2度携帯をかけてきたが、心配無用。英語圏には自信あり、なんてね。

もう1978年から80年になるがアメリカで、多分一生で一番勉強した。
たとえ昔取った杵柄でったとしても、僕のわずかばかりの青春の勲章なのだ。



2013年3月9日土曜日

彗星を見に行く

Team,

今、このブログを成田空港のJALファーストラウンジでしたためている。

別に頑張ってCクラス分を稼いだわけではない。JALがグローバル会員の特典を整理にかかっていて、今年度中に使わないと失効するグレードアップポイントがいっぱいあるからだった。

でも、すぐに南半球へ行こうと思った。

2006年2月だったと思う。僕は心が壊れて、1ヶ月会社を休んだ。休んでおいて、海外旅行かよ、と思われるかもしれないが、とにかく陽の光を浴びたかった。で、オーストラリアで、しかもレインフォレストというのを経験してみたかったので、ケアンズにしたのだった。空港から車で2時間ちょっと行った国立公園の中に瀟洒なロッジが建ち並ぶ、かなりな高級リゾートでまるまる一週間、なにもしないで過ごした。

一度、ワインを買いにロッジが提供しているシャトルバスで、街に行った。その時、思ったのだ。オーストラリアはやはり英国の文化だと。

今回は、ようやく北半球でも観測できるような時期に入ってメディアを賑わせている「パンスターズ彗星」を見に行く。この彗星は太陽から離れる軌道を回っているので、地球に衝突なんてことはない。

1等級みたいにビカビカのコメットではないが、立派な2等級でちゃんと肉眼観測できる。しかも、今、南半球では観測環境のピークなのだそうだ。

とても尾が長いらしい。

南十字星が輝く夜空を、長い尾をひきながら流れる流星。

なんだか、大震災から2年目を迎える日本に重ねたい、小さな希望のように僕には思える。たとえ、その日に日本にいなくても。

きっと、シドニーで言うだろう。

きょうはあの日から2年目です。

何も変わらないけれど、日本は、故郷は決して負けません、と。

Sydney ! Sydney ! Sydney !

かの地は現在、気温28℃、天候は曇りらしい。
そう、僕は今、新千歳空港にいて、成田便の出発を待っている。

先週はとてもひどい暴風雪だったけれど、まさか2週連続で低気圧がやってくるとは思わなかった。あれほど、この時期の成田同日乗り継ぎは止めて前日入りした方が良いと妻に言われていたのだけれど、仕事とか、成田での余計なホテル代とか色々考えた。3月も半ばなので、暴風雪はないだろうと勝手に踏んでいた。

で、このありさまである。
新千歳発の成田行きは13時10分なので、普通は出発の2時間前に自宅を出れば余裕で間に合う。でも、昨夜から吹雪いていたし、朝、玄関を開けたら我が家は吹きだまりになって、いわば雪で文字通り雪隠詰めになっていた。これはいかんと、JRなどに連絡しても同じような問い合わせが殺到しているらしくつながらない。テレビのデータ放送を見たり、ウェザーニュース社のWebサイトをチェックして、急きょ4時間前にばたばたと自宅を出た。昨夜遅く迄、もろもろパッキングしていて良かった。

まだ除雪前なので膝下まで雪で埋まる。この時期の雪は水分が多く、重い。つぼ足でちょっと離れたJR新さっぽろ行きのバス停に辿り着いた。さすがに誰もいないので、バス会社に「ちゃんとバスは動いていますか?」と携帯で問い合わせてしまった。でも、バスはすごいね。「定刻運行しています」というではないか。

JR新札幌に着いたのは8時25分位だったけれど、札幌駅を定刻7時58分に出るはずのエアポートライナーがまだ出ていないという。これはいかん、と地下鉄に乗り換えて大谷地という駅から空港まで出ている定期バスに乗ろうかと思ったけれど、高速が閉鎖されていてきょうは運休だった。まずは空港へ行こうと腹をくくったら(オーバーだけれど)、遅れていたエアポートがやって来た。てっきり満員だと思っていたら、意外と空いている。きっと諦めた人たちも多いのだろう。

でも、運行のいろんな関係で空港についたのは定刻より1時間36分も遅れてしまった。でも、千歳駅から新千歳空港までが単線だったとは、初めて知った。

さっそく13時10分発の成田行きを見ると「天候調査中」とあった。
グランドホステスの方に確認すると、朝一番に飛んだ(飛んだ!)機体が戻り次第、搭乗手続きを開始しますという。

「じゃぁ、大きくディレイするかも知れないが成田へは飛ぶということですね」

ともう一押し。

「ディレイでの運行を予定していますが、今後の天候によっては欠航などになる可能性もあります」

と、さすがなエクスキュースを付け加えることを忘れなかった。

僕がリフレッシュにハワイではなく、シドニーを選んだのには訳がある。
南半球でパンスターズ彗星を見たいと思ったからだ。今年地球に接近して天文ファンをにぎわせているのは、3月中旬に観測のピークを迎えるパンスター彗星と、11月頃と言われているアイソン彗星。パンスターズは1等級の明るさではないらしいが、2等級でいずれにしても肉眼観測ができる。しかも北半球にいるより、南半球がベストとか。

南半球で彗星を見る。南十字星も見る。天文科学館にも行く。

やっぱりシドニーだった。
世界遺産に登録されているオペラハウスも一度見たかった。
オペラハウスのスケジュールを見ると、なんと当代随一のダンサーにして、コリオグラファーでもあるシルヴィ・ギエムの公演があるではないか!

南半球は今サマータイムで日本との時差はプラス2時間。
もうこれは買いだった。

残念なのは、とても評判のいいシドニー郊外の著名なヴィンヤード、ハンターズヴァレーのツアーを申し込んだのだけれど、どうも催行人数が集まっていないらしく、メールでは、受け付けましたのでご返事をお待ち下さい、と案内は来たけれど、Shortly informed で何の音沙汰もないことくらい。まぁ、Gmailはホテルで読めるから、前日オッケーでもいいか。

成田便が無事、新千歳を立てるかどうかはお昼過ぎに分かる。
でも、LCCのジェットスターが15分程度のディレイで飛んでいるので、僕は安心している。

コアラもなし、カンガルーもなし。シティの観光もなにもなし。

ただただ、海を眺めていたい。

そのためにずっと貯金して、いいホテルのハーバービューを予約したのだから。



2013年2月24日日曜日

札幌生まれのワイン

Team,

 土曜日に出かける目的は大抵決まっている。音楽。芝居。買い物はめったにしなくなった。きっと、物欲が年齢とともに衰えてきているのかもしれない。しかし、ライブという再現性のない場にいることは極めて僕の心をとらえて離さない。

 五嶋龍は神のようだったし、沓野勢津子のマリンバは遠い記憶のような音色だった。「11月のある日」というキューバ人、レオ・ブローウェル作曲のギターの名曲との出逢いもやはりライブならではのものだった。

 ワインを楽しむ会、などというものには縁がないと思っていた。飲むのは一人でと決めている僕にとって誰かと幸せな時間をシェアするのは性分に合わないとずっと思っていた。だけれども、ある偶然の出会いで道産ワインを応援する会に出向くことになった。普段は家具等のセレクトショップになっている洒脱なスペースが会場になっていることも何故か心惹かれるものがあった。

 札幌市内にワイナリーがあるなんて初めて知った。北海道と言えば池田町。あるいは函館か。緯度的にもドイツ系葡萄が適していて、実はヴィンヤードが思いのほか多いことも知ってはいたけれど、文字通り灯台下暗しだった。



 「さっぽろ藤野ワイナリー」。生産者の方に直接話を聞けたこともとても楽しかったし、とても誠実に作られているのは一口味わってみるとすぐに分かった。赤がメインだそうだが、白も泡も作っているという。しかも、三人兄弟でヴィンヤードで葡萄を育て、自家醸造までやっていらっしゃると聞いて頭が下がる思いだった。写真にはないが、泡は不意打ちされたように美味しかった。保存のための亜硝酸塩を使っていない、あるいはよく言う「おまじない程度」にしか使っていないので取り扱いに注意が必要だ。もともと小ロットなので、なかなか飲む機会が少ないこともハンディだろう。でも、無濾過でかすかににごりのある果実香溢れた軽い味わいは、主催者がマリアージュにと用意したサバとタラの薫製によく合っていた。

 結婚式のパーティかと見まごうばかりにドレスアップしてピンヒール姿のレディも多かったので、僕は少し居心地が悪かったけれど、その分生産者の方々と大人同士の会話ができたのは、土曜日の夜という幸せな時間に鮮やかな彩りを添えてくれた。

 「いつかピノ・ノワールをやりたい」生産者は夢を語った。やっぱり、人生、ライブがいいに決まっている。